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2014年9月16日 (火)

こむら返り

ここ何年か、就寝中のこむら返りに悩まされてきた。午前3時から午前5時という安眠の真っ最中に脚の筋肉が勝手に引きつれて激しい痛みが起き、目を覚まさせられてしまう。就寝中のこむら返りは若いころからたまに起きていたのだが、以前は引きつれるのがふくらはぎに限られており、しばらく我慢していると収まったので、さほど悩みの種にはなっていなかった。しかし、近年のこむら返りはしばらく我慢していても収まらず、また、ふくらはぎ以外の脚の小さな筋肉も引きつれるようになり、ふくらはぎが引きつれるのを抑えるために脚を反対側に伸ばそうとすると逆側の筋肉がつってしまうことも多い。そのため睡眠が妨げられる度合いが大きいのだ。元々睡眠時間が長い性質で、睡眠不足になると翌日一日中頭がぼーっとして生産性が落ちる。

テレビやネットで情報を収集し、実行した対策は次の2つだった。

1つは、就寝前にクエン酸を取ること。クエン酸の粉末も購入してみたが、量の調節が難しく、少しでも多すぎると酸味が強く飲みにくいので、ポッカレモン大さじ1杯分を水で薄めて飲むことにした。これでかなりこむら返りの発生頻度を抑えることができた。

もう1つがこむら返りに効くという漢方薬の芍薬甘草湯だ。こむら返りが起きそうな予感が強い日は寝る前に予防的にこれを飲む。飲まずに寝てこむら返りが起きてしまったときは頓服として飲む。これも効果はあるが、毎日飲むのはもったいない。

ということで、いずれの対策も完全ではない。

偶然、より効果が大きい方法が判明した。夕食後、カルシウム・マグネシウムのサプリメントを飲むことだ。以前から朝食後にカルシウム・マグネシウムのサプリメントを飲んでいたのだが、飲むタイミングを朝食後から夕食後に変えただけで劇的に効果があった。

こむら返りの原因のひとつにミネラルの不足が挙げられるが、1日に1回サプリメントを取れば栄養としてミネラルが不足することはないと思っていたため、飲むタイミングのことは気にしていなかった。しかし、別の機会に、カルシウムは夜のほうが吸収率が良いということを知り、飲むタイミングを変えたところ、吸収率の違いは体感できていないが、こむら返りの予防に効果があることが偶然わかった。夕食後に変えて以降、こむら返りがほとんど起きなくなったのだ。ポッカレモンや芍薬甘草湯が必要なくなった。

なお、カルシウムとマグネシウムのいずれか、または、両方がこむら返りの予防に効くのかはわからない。カルシウムだけのサプリメントも市販されているが、カルシウムだけを取りすぎるとマグネシウムの欠乏につながるらしいので、カルシウム2に対し、マグネシウム1の割合で含まれているものを選んでいる。

2014年5月10日 (土)

ウォークマンNW-E083

Nwe080 4年ほど使っていたソニーウォークマンNW-S744のバッテリーの持ちが悪くなり、ときどきスイッチ類が誤作動するようになったので、買い替えることにした。後継のSシリーズにするか、より廉価なEシリーズにするか検討した結果、どちらもノイズキャンセリングはついており、メモリ(Sシリーズは最低8GBEシリーズは4GB)にしてもバッテリー(Sシリーズは77時間、Eシリーズは36時間)にしても自分にはEシリーズで十分と判断した。 

そして購入したのがウォークマンNW-E083だ。商品ラインとしてはSシリーズよりも一つ下のグレードにあたるわけだが、この4年間の累次のモデルチェンジに伴って機能はレベルアップしており、メモリ容量を別にすれば昔のSシリーズであるNW-S744より向上しているといってよい。

ファイル形式がFLACに対応しているのもうれしいが、実際に音楽を聴いてみて音の良さに感心した。NW-E083を手に入れて最初に聞いたのがリリング指揮のバッハ・カンタータ全集だった。これは1980年頃のアナログとデジタル初期の録音だ。ネット上のレビューでは音質を酷評しているものもある。しかし、NW-E083で聴いているととても自然で音楽的に聞こえるので、2000年代の録音かと思ったくらいだった。

いくら再生装置の性能が良くても元の録音よりも音を良くすることは本来不可能なので、ここまで良く聞こえるということは装置が音に「味付け」をしているはずだ。一般にピュアオーディオ的には装置が音に味付けをするのは邪道で、原音再生を目指すのが正しいとされている。しかし、ここまで味付けが美味しいなら下手な原音再生よりもよほど良い。再生装置のスペックを論じることではなく、音楽を聴くことが目的であり、より音楽を楽しめるならその方がいいからだ。

最近、MP3320kbpsを基本にしているので、4GBではちょっとアルバムの数を欲張って一度に転送しようとすると全部のアルバムが入らないこともあった。が、どうせそんな数のアルバムを一気に聞くわけではないので、実用上は4GBで不都合はない。バッテリーは週に1度も充電する必要がなく、これまでと比べると非常に快適だ。

ということで、NW-E083への買換えには満足している。

2013年9月 7日 (土)

チェリビダッケはハーモニーである

2011年の冬ごろにたくさん出たEMIのチェリビダッケ・エディションの箱モノを最近聴いていた。未聴の箱モノが山積していて、購入してから聴くまでに2年近くかかってしまったのだが。

チェリビダッケの演奏のテンポが異常に遅いことはよく知られている。一般に演奏家は年齢を重ねるにつれてテンポが遅くなる傾向があるといわれている。おそらく加齢に伴って体内時計がゆっくりになるためなのだろう。

しかし、晩年のチェリビダッケの演奏は、他の高齢の指揮者に比べても明らかにテンポが遅い。体内時計がゆっくりになっただけでは説明がつかない。チェリビダッケは明確な意図をもってゆっくりと演奏したと考えるべきだろう。

以前、ブルックナー交響曲8番のCDを聞いて、森の木の一本一本をじっくりと見ながら歩くような演奏だと感じたことがあった。

今回、さまざまな作曲家の交響曲、管弦楽曲をチェリビダッケの演奏で聴いて強く感じたのは、ハーモニーをきわめて細かく彫琢していることだ。チェリビダッケは、スコアに縦にならんだ音符のそれぞれをどのような音量・音色で鳴らすかを尋常ならざる細かさで指示しているように聞こえた。

通常、ハーモニーはメロディーに付随するもので、メロディー=主、ハーモニー=従のような関係にあると思う(少なくともロマン派までの音楽では)。したがって、演奏に当たってはまずメロディーを歌わせることが一義的であり、ハーモニーはそのメロディーにニュアンスや色彩を加える従属的な役割だろう。

しかし、チェリビダッケは、縦のハーモニーを自らが考える理想のバランスで鳴らすことを一義とし、メロディーが歌っているかどうかや、リズムが生き生きとしているかどうかは、極論すればそっちのけにしている。ハーモニーの理想を追求するために、メロディーとテンポを犠牲にしたのだ。

したがって、連なるハーモニーから全く新しい魅力を引き出している演奏も多々ある一方で、ベートーヴェンの交響曲7番など、リズムにこそ魅力の神髄がある作品では、ちょっと考えられないようなヘンテコな演奏になってしまっている。

以上が、なぜチェリビダッケの演奏は異常に遅いのかを私が勝手に考えた理由である。

2013年5月12日 (日)

老化現象(3)老眼

40代半ばから徐々にCDのライナーノートが読みづらくなり、40代最後の年にはついにメガネを遠近両用に替えた。

もともと強度の近視でメガネかコンタクトは必需品だった。しかも若い時から比較的目の調節力の範囲が狭かった。視力検査で1.2とか1.0が見えるようにレンズの度数を合わせると、近くが見にくい。ちょうど老眼と同じような現象だ。そこで運転免許の条件(両目で0.7)をぎりぎりクリアできる度数でメガネを作っていた。

Zoffなどの安売りメガネ店が増えてから、ちょっと気になるとすぐにメガネを買い替えるようになり、ここ5~6年はほぼ毎年メガネを作り変えていた。老眼が進むにつれて、近くが見えるようにレンズの度数を合わせると、より遠くが見えない状態になってきていた。駅やビルで案内板が読めなくては生活に差し支えるので、ついに遠近両用に踏み切ったのだ。

大昔の遠近両方と違って、境目がないタイプが主流になっているので、ちょっと見たところでは遠近両用だとはわからないだろう。もっとも、私の場合、強度近視のレンズの分厚さだけでも十分目立つのだが。

まだ老眼は現在進行形のようなので、しばらくはメガネの買い替えが必要になりそうだ。

2012年4月 8日 (日)

老化現象(2)尿の切れ

30代半ば頃から尿の切れが悪くなった。トイレで小用を済ませたつもりが少し残っていて、ズボンを戻した後でちょろっと漏れることがある。こうなると、あわてて個室に駆け込み、トイレットペーパーで拭くことになる。

これは小用中に考えごとをしているときにだけ起きる。最初に経験したのは、希望とは違う職場に異動になり、心にわだかまりを抱いていたときだった。

どうやら、考えごとをしていると尿道括約筋が十分に緩まないようだ。虚心坦懐に用を足すように心がけることが必要だ。それがわかってからは粗相をする頻度は下がった。

考えごとが原因なら、もしかすると老化現象とは違うのかなとも思う。しかし、加齢とともに前立腺が肥大し、尿道を圧迫するらしいので、やはり関係しているのではないか。

2012年2月 4日 (土)

老化現象(1)-肩こり

アラウンド・フィフティーともなると、老化現象を自覚することがいろいろと出てくる。

振り返ってみると、最初に感じた老化現象は、肩こりだった。それまでも根をつめて作業をしたときなど、肩こりを感じることはあったが、一過性だった。ところが、30歳のとき、気を使う取引先の人と数時間差しで過ごした後、肩こりがしばらく治らなかった。


そして、38歳のときには、肩こりがつらくていてもたってもいられなくなり、初めてマッサージ屋の世話になった。それ以来、月に1回ほどマッサージを受けるのが習慣になった。


こりがひどくなってくると頭痛・吐き気が起きる。初めはこの因果関係がわからなかった。あるとき、夜寝ている最中に頭痛と吐き気で目が覚めてしまった。ちょうど二日酔いのような症状だ。しかし、この日は酒は一滴も飲んでおらず、二日酔いではない。鎮痛剤を飲んでしのいだが、こんなことが何度かあった。それで徐々に、肩こりと頭痛、さらには吐き気がつながっていることがわかった。


最近、街にめっきりマッサージ屋が増えた。ストレスが多く、運動不足のライフスタイルになってきていることもあるだろうが、高齢化もマッサージ市場の拡大につながっていることは間違いないだろう。


さて、そろそろまた今月もマッサージ行こうかな。

2011年2月15日 (火)

チャイコフスキー、ヒグドン「ヴァイオリン協奏曲」ヒラリー・ハーン、ヴァシリー・ペトレンコ指揮、ロイヤル・リヴァプール・フィル

301 ハーンがようやく去年チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のCDを出した。さすがはハーン、ソロ・ヴァイオリニストなら弾き飽きているだろうチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をひとひねりして演奏してみせた。

チャイコフスキーはもちろん濃厚にロマンティックな音楽だが、ハーンはそのロマンティシズムに自分が没入して一人称で語るのではなく、完全に相対化してみせたのだ。「ロマンティックな音楽を無邪気に演奏できた時代を懐かしむ」ロマンティシズムという、いわばメタ・ロマンティシズム(そんな言葉があるかどうか知らないが)だ。

それによって、19世紀から数え切れないほど演奏されてきたこの曲を、21世紀に生きる音楽家と聴衆がいまさら演奏し、聞くことの新たな意味を付け加えている。

ただし、その「メタ」を感じ取れない聴き手にとってはただのローキーな演奏に聞こえてしまうかもしれない。ハーンはいつものように完璧なテクニックで一音一音を正確に奏でる。テンポやダイナミクスを恣意的に動かすこともしない。しかし、その一音一音に意味をしっかりとこめて演奏しているのだが。

そういえばハーンのtwitterは、ヴァイオリン・ケースが語るという形式をとっている。ここにも一歩離れた所から物事を捉えることができるハーンの知性が反映しているのだろう。この人は賢いね。

なお、チャイコフスキーとカップリングされているヒグドンは、残念ながら後世に残る名曲だとは思えなかったが、fillerとしてはまあまあ悪くないのではないか。

Higdon & Tchaikovsky: Violin Concertos

Hilary Hahn, violin

Vasily Petrenko, conductor

Royal Liverpool Philharmonic Orchestra

Deutsche Grammophon    4778777

2010年11月28日 (日)

ガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブルー、パリのアメリカ人」ジェイムズ・レヴァイン(ピアノ、指揮)シカゴ交響楽団

539イツ・グラモフォン(DG)の格安56枚組箱物「The Collector’s Edition 2」の1枚として聴いた。ガーシュウィンの母国アメリカの音楽家たちが演奏したこのアルバムがあることは昔から知っていたが、DGの黄色い額縁とガーシュウィンのイメージがマッチせず、単独のアルバムで購入するには至っていなかった(今ではDGはあの伝統ある黄色い額縁をやめ、カバーデザインの自由度が増しているので、ガーシュウィンに額縁をつけるようなことは今後はないだろう)。

ガーシュウィンの演奏に求められる生き生きとしたリズム感と自発性が、一流のクラシック演奏家の技術と表現力に裏付けられ、理想的なコンビネーションとなっている。もちろんジャズ演奏家のようなアドリブはないが、まじめな人が無理におどけているような危うさはなく、ジャズの語法を取り入れたクラシック音楽としての表現の完成度を追求し、成功している。

George Gershwin

Rhapsody in Blue, Cuban Oveture, Catfish Row – Suite from “Porgy and Bess”,  An American in Paris

Chicago Symphony Orchestra

James Levine, piano & conductor

Deutsche Grammophon  431 625-2

2010年11月15日 (月)

「言語のレシピ」マーク・C・ベイカー(郡司隆男訳)

4000227300

今までに何冊も生成文法の本を読んだが、いずれも前提を十分検討せずにいきなり英文法のモデル化作業をマニアックに進めるものばかりで、そうした作業が本当に生成文法(普遍文法)の存在証明につながるのかまったく不明なものばかりだった。本来、生成文法は言語学を科学にすることを標榜していたはずだが、実際にやっていることは実証を怠って教祖(チョムスキー)の教えを忠実になぞろうとする宗教そのものであり、生成文法の学者とはキモい連中だと思わずにはいられなかった。

しかし、本書を読んでようやくまともな生成文法(普遍文法)学派の学者に出会えた。かねてから生成文法の存在を証明するためには、類型論のアプローチが不可欠だと考えていたが、ベイカーはまさにこれを実践している。盲目的に英文法の精緻なモデル作成に没頭するのではなく、まず類型論に基づく言語間の比較を行って、世界のさまざまな言語の大きな特徴の差異を把握し、そのうえで順次パラメータを設定していくのだ。

ベイカーは、モホーク語が話される地域に住居を構えて実地調査を行った経験がある。そうした生の言語を対象とする研究を行った学者だからこそ、英語中心主義の陥穽に陥ることなく、バランス感覚を持って真に「普遍」を探求するアプローチができたのだろう。

著者は第7章で言語の多様性がもたらす豊かさを強調している。この多様性を尊重する立場は本書に通低するものでもあり、ベイカーは生成文法の仮説を絶対視することなく、あくまでも説明力がある範囲において採用している。生成文法を絶対視しないどころか、注意深く本書を読むと、認知言語学のアプローチを許容するととれる記述もある。ドグマにとらわれることなく、真理に対する謙虚な態度を持ち続けている。

生成文法を絶対視して崇め奉り、英語母語話者でないにもかかわらずつたない英語力を頼りに内省で英語のモデル作成に没頭している自称言語学者たちはベイカーの爪の垢を煎じて飲むべきだ。それにしても、実証をしようともせずに科学だと思い込んでいる生成文法学者たちは頭が悪すぎる。やはり言語学なんて食えない学問をやる時点で頭の悪い連中が多いのだろうか。



「言語のレシピ」マーク・C・ベイカー(郡司隆男訳)

岩波書店

ISBN: 4000227300

2010年10月31日 (日)

北海道すいーちゅプリン

Sp コンビニを覗いたときに、家人が発見したのが「北海道すいーちゅプリン」だ。私は知らなかったが一部で話題になっているらしい。小さめのマヨネーズそっくりの容器にプリンが入っている。一番の好物がプリンである私のために家人が買ってくれた。

マヨネーズそっくりの赤いキャップを取ると、やはりマヨネーズと同じように絞り口のところにアルミのフィルムで封がしてある。アルミフィルムをめくると、やはりマヨネーズと同じように星型の孔が開いていて絞れるようになっている。

しかし、この商品の場合はどちらかというと絞り出して何かにかけるというよりは、マヨネーズそっくりのチューブに直接吸い付いて、あたかもマヨネーズをチューブから吸い込んでいるような所作をするところに楽しみがあるのだろう。

したがって、私もチューブに直接吸い付いた。

たしかにカスタードの味だ。カラメルの苦味が入っていないために、シュークリームのクリームだけを食べているような感じでもある。想像したよりも甘さが控えめで上品な味わいであった。

ただし、315円という価格はコストパフォーマンスが良いとはいえない。一過性の話題づくりと割り切って楽しもう。売る方もおそらくそのつもりだろう。

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