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2007年10月 8日 (月)

お笑いのネタと芸

お笑い芸人は厳しい職業だ。テレビ番組の常連になれるほどの人気を得ても、何年にもわたってそれを維持できるのはほんの一握りだ。一過性で終わってしまうか、長年人気を保てるか、その違いは芸の奥行きがあるかどうかで決まる。

芸に奥行きがなく、ネタで勝負している芸人は、ネタが切れると同時に消えていく運命にある。消えてしまった芸人たちの名前を挙げるのも忍びないので控えるが、日常の中での細かな気づきや疑問のネタをいくつも繰り出して一回の舞台を構成するタイプの芸人は、短命に終わらざるを得ない。つぶやいていた人、何でだろうと繰り返した人、侍や芸妓の姿の人など思い返せば多数いる。

何年にもわたって無数にネタを思いつくことは不可能である。一人の人間の経験や発想の範囲には限界がある。

芸があればネタの量に頼らずに一回の舞台を演じることができる。話術や間の取り方の妙があれば、ネタの弱点をカバーして余りある芸になりうる。その典型は古典落語で、ネタ(話)そのものは既知であっても、落語家個々人の芸を楽しみに繰り返し楽しむことができる。

芸の奥行きは、人柄に行き着くようにも思える。愛すべき人柄が根底にあれば、ネタにかかわらず見る人の気持ちをほぐすこともできる。ちょっとした表情やアドリブまで、自分の本来の人柄とは別の人格を演じきるのには高い演技力が要り、それができる人は少ないだろう。

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