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2007年12月10日 (月)

チェリビダッケのブルックナー・交響曲第9番を聴く

860 チェリビダッケの演奏は、テンポが異様なほどに遅いことで有名だそうだが、私はブルックナーの交響曲第9番でそれを初めて聴いた。確かに遅い。ブルックナーの第9番は他にインバルとバレンボイムのCDを持っているが、それらと比べてみなくても、チェリビダッケの遅さははっきりとわかる。 

なぜチェリビダッケはこんなにも遅いテンポで演奏したのだろうか。 

彼は生前レコードを拒否していた。演奏家と聞き手とが時間と空間を共有して可能となる一回限りの経験こそをかけがえのない価値と考えていたのだろう。たまに良い演奏会に出会うと、そこで鳴っている音楽に終わりが来ないことを祈りたくなることがある。鳴っている音の一つ一つの価値と、それが瞬間に消えてしまうことのはかなさとがそんな気持ちにさせる。 

チェリビダッケの演奏では、楽譜に書かれている音符の一つ一つをしっかりと聞き手に届けようとしているように思われる。同世代の指揮者でよく対比されるカラヤンの演奏が、快適なスピードで走行する車窓から美しい景色を次々に見せてくれるようなものだとすれば、チェリビダッケは、山道を一緒に歩きながら咲いている花や落ちている石の一つ一つを説明してくれるようなものだ。 

音楽の専門的な訓練を受けた人なら快速に飛ばす車窓からでも音符の一つ一つを聞き取ってその意味に思いを馳せることもできるかもしれないが、一般の聞き手はそういうわけにはいかない。一般人にもついていけるスピードで一緒に歩いてくれれば、よくわかる。チェリビダッケの演奏で、これまで聞き取れなかった音がたくさん聞こえた。

一方で、音楽には生理的に快適だと感じるテンポがある。チェリビダッケの演奏はそのようなテンポの幅からは逸脱している。音の一つ一つの意味をわかるように演奏することを優先し、生理的な快感は後回しにしている。好みの分かれるところだろう。 

しかし、遅い分、至福の時間はより長く続くのである。何度でも聞き返せる録音ではなく、一回限りの生演奏なら、遅さは聞き手にとって喜びであるかもしれない。

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