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2008年2月19日 (火)

「ベートーヴェンの交響曲」(金聖響・玉木正之)講談社現代新書

Photo 音楽を演奏する側がどんなことを考え、どんな思惑を持って演奏に臨んでいるのかの一端がうかがえて面白い。 

「ベートーヴェンの交響曲」と題する本を上梓するくらいだから、最初から最後まで9曲の傑作をものした作曲家に対する敬意に満ちてはいるが、決して無難な意見に終始しているわけではない。 

相対的に不人気な2番に強い思い入れがあり特に4楽章は3番のそれよりも素晴らしいと言わんばかりだったり、3番3楽章の有名なホルンのトリオについて「何を表しているのか、私にはわかりません。」とあえて言ったり、3番4楽章の第5変奏を「ダサイ」と斬ったり。9番の4楽章にも「不要な部分がある」と言っている。

6番のオーケストラ・アンサンブル金沢とのCDでノン・ビブラート奏法の弦楽器を音楽評論家に「気持ち悪い音色」とけなされたことではいたく傷ついているようだ。「個人的な感想文でなく、誰もが納得のいく普遍的な批評や評論に昇華されるようお願いします。」とまで書いている。このコメントはごもっともだ。演奏批評は、根本的には主観的な感想である。ただ好きだ・嫌いだというだけなら素人にでもできる。 

8番のいわゆる古典回帰に関連して、音楽以外の文化史では「ルネサンス-マニエリスム-バロック-ロココ-ロマン主義」という流れなのに対して、音楽史では「ルネサンス-バロック(ロココ)-古典-ロマン派」であるという比較は勉強になった。 

音楽以外の文化史で古典といえば古代ギリシア・ローマだが、この時代の音楽は残っていないので、音楽史ではハイドン・モーツァルトが古典ということになる。1000年以上離れた時代のものを同じ「古典」という言葉で表しているのだが、普通、美術史と音楽史とを並べてみることはしないので、はっきりとはその違いに気づかずにいる人は多いのではないか。 

全体として、演奏家が音楽を言葉で語ることの危うさに対する認識もしっかりと持ったうえで、聞き手に何を聞き取って欲しいかがよく伝わってくる。 

惜しむらくは紙幅の制約があってのことだろうが、5番の3楽章など、さらっと流されてしまったところがある。メリハリをつけようとしたのかもしれないが、すべての楽章についてもう少しだけ丁寧に語って欲しかった。 

ちなみに、私がCDでよく聞くのは4番と8番である。

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