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2008年3月27日 (木)

“呼吸感”のある演奏

私がレコードを買い始めた頃は、既に録音はステレオが当たり前になっていて、音楽再生装置も「ステレオ」と呼ぶのが普通になっていた(その昔は電気式蓄音機、略して「電蓄」と言った)。モノラル録音のレコードやモノラル時代に活躍した演奏家は、古い時代の遺物という感じがして、長いこと真剣に聴こうとはしてこなかった。

しかし、山崎浩太郎という音楽評論家(本人は「演奏史譚家」と称したいらしいが)の本『クラシックヒストリカル108』767 を読んで、古い演奏に興味が出てきた。カラヤン以降の第二次大戦後の多くの演奏家たちは音楽を正確に演奏することに重きを置く一方で、生身の人間らしい伸縮自在な“呼吸感”を忘れているというのだ。 

20代の頃までは未知の名曲に出会うことだけでクラシック音楽を楽しんでいたが、歳を経て自分の好みに合う曲をあらかた知ってしまうと、わくわくする感じがどんどんなくなっていった。新たな世代の演奏家が出てくれば同じ曲の新しい演奏が次々に出てくるが、それらをいちいちチェックしてみたくなるほどの限界効用は感じられなかった。 

こうした一種の倦怠感があったところに、カラヤンより前の時代は、演奏家たちがもっと自由闊達に生々しい演奏を繰り広げていたという話に出会ったのだった。お行儀が良くて、格調が高くて、教養に満ちたクラシック音楽。そんな窮屈なイメージに違和感を感じていたこともあり、古い演奏はもしかして面白いのではないかと期待が膨らんできたのである。

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