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2008年7月

2008年7月30日 (水)

消費者マーケティングの基本認識

スタグフレーションの足音が近づく昨今、売上げが伸びなくて困っている企業は多いだろう。売上げを伸ばす万能薬などあろうはずもなく、売れない時代にはマーケティングを丁寧にするしかないという認識は一般化しているだろう。

 

それにも関わらずマーケティングができていない企業が多いのではないか。大手の食品・飲料・家庭用品メーカーなどは専門的・組織的にマーケティングをやっているが、それ以外の大多数の企業は竹やりで戦闘機と戦っているレベルだ。

 

マーケティングの専門家がいない企業では、いまだに市場調査(だけ)や、広告・販売促進(だけ)をマーケティングと誤解しているところも多い。

 

マーケティングとは何か。人によって定義が違うので困るが、私は「売れるようにするための仕組み」だと考える。「売れるようにする」とは、供給者側の思い込みで作った商品をどうやって売るのか知恵を絞るのではなく、どうすれば買い手が商品を欲しくなるかあらかじめ調査して考えてから商品を提供することをいう。

 

バブル期までに社会人になったおじさんたちは、作れば売れるという環境の中で仕事を覚えたので、いまだに作りたいものを作っておいて、売れないのは営業が悪いと考えている。

 

いまどき、本当に欲しいものは既に持っている人と、欲しいものがあっても買う金がない人とに両極分化してしまっていて、供給者の論理で作られて値段をつけられた商品をおとなしく買う生活者などいない。買い手が心から欲しい商品を、買える値段で、買いたくなるような方法で売らなければ売れないのだ。ここのところがわかっていないおじさんが経営者の会社には未来はないだろう。

2008年7月28日 (月)

ミチョラーの仲間入りしてしまいました

240_ 悪気はなかったんです。でもワーグナー・ニーベルングの指輪14枚組が約5,500円、ハルモニア・ムンディ(フランス)29枚組が約7,000円、ドイツ・ハルモニア・ムンディ50枚組が約6,000円とか、モーツァルト大全集170枚組が約8,000円と、CD1枚2,500円だった感覚からするとあまりにもお買い得すぎて、見過ごすことができませんでした。

 

あまり酒の飲めない私は、普段たくさん小遣いを使うわけではないので、この程度ならその気になれば大人買いできるのです。それでここ数か月の間に合計すると280枚以上ものCDを買ってしまったのでした。せっせとウォークマンに落として通勤時には必ず聴いていますが、まだ200枚以上未聴で残っています。とにかく聴きとおすことが第一なので、レビューを書けるほどは聴き込めていません。

 

でも後悔はしていないどころか、良いCDのセットが出たらもう少し買ってもいいかなとすら思っています。そうしたら、バロック・マスターワークス60枚組で6,000円なんていうものも9月に発売されるようですので、きっと買ってしまうでしょう。売上げの減少で苦しんでいるレコード会社の策略に乗せられているのは薄々わかってきているのですが、やはり中学生時代から常に欠乏感のあったレコード/CDを何十枚とまとめて手にする快感には抗えず、買ったら買ったで満足感に浸っているのです。

2008年7月22日 (火)

アメリカのサラリーマン漫画「DILBERT(ディルバート)」

Dilbertcost1_2 Dilbertcost2 トイレで読むために数年ぶりに本棚から引っ張り出したのがアメリカのサラリーマン漫画「DILBERT(ディルバート)」シリーズの一冊だった。ディルバートはアメリカで20年も続いている長寿漫画だ。やはり面白い。

 

主人公のディルバートはIT企業で働く技術系サラリーマン。オタクで人付き合いは下手、上司におもねるのもダメ。ファッションのセンスもなく、当然彼女はできない。その上、飼い犬だったDogbert(ドッグバート)にいつの間にか指図される立場になってしまっている。

 

無能なのに威張ることだけは得意な上司や、人を出し抜くことばかり考えている同僚などに囲まれたディルバートの苦戦の日々が描かれる。

 

これを読むと、サラリーマンの苦労は日米で本質的に変わるところはないと感じさせられる。

 

日本語版は@IT情報マネジメントに掲載されている。シュルツの「ピーナッツ」(というより「スヌーピー」と言ったほうが通じるだろうが)は、谷川俊太郎という日本語の魔術師が翻訳していたが、それでも原作の皮肉の味わいは完全には訳しきれていなかった。同じうらみが「ディルバート」の日本語訳にもある。そのせいか、丁寧な解説が付けられている。

2008年7月18日 (金)

ヨーグルトメーカー愛用しています

ヨーグルト を朝食に欠かさないが、そのヨーグルトは自宅で作っている。作るというよりは増やすという感じで、牛乳にヨーグルトを少し入れて保温すると全体がヨーグルトになるのだ。

 

適温に維持するのは、専用の道具がないと面倒だ。通販サイトで「ヨーグルトメーカー」を検索するといろいろ出てくるが、1リットルの牛乳パックをそのまま入れられるようになっているものが便利だ。容器に移し替えるタイプの場合、牛乳と容器をいったん煮沸消毒する必要がある。そのまま入れるタイプなら、その必要がない。牛乳パックの口をあけて、ヨーグルトを80mlほど入れてかき混ぜ、封をしてヨーグルトメーカーに入れて電源を入れる。一晩置いておくと翌朝には1リットル強がヨーグルトになっている。

 

最近各社から出ているプロバイオティクス・ヨーグルト(乳酸菌の健康効果を狙ったもの)は割高なので、この方法で増やせば経済的だ。

 

なお、かき混ぜるときに使うスプーンや、完成したヨーグルトを移し替える容器などは熱湯消毒するようにしている。ヨーグルトになった後は腐敗しにくいと思うが、できたヨーグルトをさらに種にすることを考えるとできるだけ雑菌の混入は避けたい。

2008年7月14日 (月)

韓国よ、大人になれ

中学校の新学習指導要領の解説書で竹島問題について記述する日本の方針に対し、韓国の政府・議会が抗議している問題だが、「韓国よ、大人になれよ」と言いたい。

 

竹島の領有権をめぐって双方の主張が対立しているのは今に始まった問題ではない。日本政府は従来から公式に竹島の領有を主張してきた。それなのに、新学習指導要領の解説書などという公的文書の中でも決して位置づけが高くない文書での記述に対して一国の元首や議会が噛み付いてくるというのはヒステリックとしか言いようがない。内政干渉のそしりも免れない。

 

このようなやり方で騒ぎ立てるのは、竹島の領有権問題の解決の筋道をつけるためにも何の足しにもならないだけでなく、両国民の間に無用な対立感情を煽るだけだ。

 

こんな小さなことに対して頭に血を上らせて叫ぶのは誇り高い韓民族には似合わないと思う。同じことを主張するのでも、もっと大人(たいじん)らしい上手なやり方があるのではないか。

2008年7月13日 (日)

身体を冷やすと風邪を引く

身体を冷やすと風邪を引くというのは誰でも知っていることだ。そもそも「かぜをひく」とか「catch cold」という言葉自体、身体を冷やすことと風邪との密接な因果関係を表している。

 

私は筋力トレーニングを習慣化してから、ほとんど風邪を引かなくなった。しかし、トレーニングを開始した当初は逆に風邪を引きやすくなり、引いた風邪が治りにくくなってしまった。慣れない筋肉の酷使のため身体の抵抗力が一時的に落ちたのだろう。その後、身体が慣れるにつれて、抵抗力が強くなり、風邪を引かなくなったと考えられる。

 

ところが、2回だけ、お腹の風邪(ウイルス性胃腸炎)にかかったことがある。後から考えると、この2回に共通点があった。

 

それは、フィットネスクラブで水風呂につかった後、そのまま帰ったときだったのだ。水風呂に入った後少し経つと身体が火照ったように感じるので、湯風呂に入らずそのまま帰ったのだが、やはり身体は冷えていたのだ。それで抵抗力が落ちて、普段なら何ということもないウイルスに負けてしまったようだ。

 

それに気づいてからは、水風呂の後は短時間でも必ず湯風呂に入って身体を温めてから帰るようにしている。それ以降、風邪は引いていない。

2008年7月 9日 (水)

サミットでさまになっていた福田総理

14hukuda_s テレビで断片的に見ただけだが、北海道洞爺湖サミットでの福田康夫総理の態度は、歴代総理大臣の中でも最もさまになっていたと思う。

 

従来、サミットで日本国総理大臣は、他の出席者と会話を交わすことが少なく、孤立した印象が強かった。それもそのはず、これまでの多くの総理大臣は海外経験が乏しく、外国語能力も低い人が多かった。選挙で勝ち、党内政治で生き残って、総理総裁になるために、そのような能力はまったく必要とされていなかったのだから無理もない。

 

それに引き替え、福田総理は、テーブルで隣の席にいる出席者と談笑したりしている姿がテレビでよく見られた。20代のときに米国に2年間駐在して実務経験を積んでいたことが50年後に役に立ったということなのだろう。

 

もちろんサミットは雑談をするのが目的ではないので、それをやっていれば良いというものではないが、コミュニケーションの基礎として、雑談ができることは大きな意味があるはずだ。その基礎の上に、大事な話をすれば、理解がいっそう深まるだろう。

 

以前、国会議員の条件というのを書いたが、改めてわが国のリーダーにとっての海外経験の必要性を感じたことであった。

2008年7月 8日 (火)

パチンコが国民的娯楽ではさびしい

どういうわけか近所にパチンコ屋が増えてきた。数年前に1軒閉店したのだが、ここへきて新たに開店する店が続いている。

 

大昔、18歳になり入店する資格ができたときに、パチンコくらいやっておこうと思って何度かやったことがある。しかし、面白くないわりに金がかかり、貧乏学生には負担が重くてやめた。

 

なぜあんなものにたくさんの人達が魅了されるのだろうか。過去には、夏に子供を車内に放置したまま親がパチンコに夢中になり、熱射病で死なせたという事故すら何件も起きている。

 

・深まらない

パチンコで客がすることといえば、ただ機械のつまみを保持することだけだ。あとは機械が自動的に玉を打ち込んでくれて、店側が設定した確率で孔に入ったり入らなかったりする。大昔の手動式のパチンコ台なら技を磨く余地もあったが、電動化して久しく、それもない。最近は中央部のモニタに映像が出て娯楽性を高めたり、スロットマシンのような数字合わせでギャンブル性を高めたりしているが、いずれにせよ客がすることはただつまみを持つことだけであるのには変わりはない。

 

ゴルフなどのスポーツや、楽器演奏や踊りなら上達するということもあるが、ただつまみを持つだけのパチンコに上達ということもないだろう。

 

・共有できない

パチンコは1人でするものだ。パチンコというものの基本的な性質上、複数人ではやりようがないし、そのようなパチンコ台もない。1人が1台ずつの台に向かって黙々とつまみを保持するだけだ。したがって、人との交流にも役立たない。

 

囲碁や将棋、マージャンなら人間同士の対戦なので、おのずと他人との付き合いを伴うのと対照的だ。

 

つまり、パチンコはただ店側によって提供されるものに1人で金と時間を費やすだけなのだ。

 

そのうえパチンコ屋といえば脱税の多い業種であり、そのうえ北朝鮮に送金をしていた経営者も多いといううわさもある。

 

何一ついいことがない。こんなものにたくさんの人たちが時間と金をつぎ込んでいるのはあまりにさびしくないか。

2008年7月 2日 (水)

中国の奇妙なネット直接民主主義

中国は、共産党独裁で言論の自由がないことは周知の事実である。報道機関はすべて共産党の指導下にあり、政府・党を批判することは基本的にない。

 

しかし、あらゆる国において、まったく無謬の政府とかすべての国民が満足する政策というものはないので、政府を批判する言論があるのが自然な状態である。

 

世の中にはやってみて結果を出してみないと正しいかどうかわからないことが多い。民間企業は消費者に喜ばれる商品・サービスを開発するべく必死の努力をしているが、それでも売れるかどうかは発売してみないとわからない。まして、政府が行うことは多くの国民に選択肢なしに影響を与えるが、国民の置かれた状況は千差万別であり、良かれと思ってやった政策でも期待したとおりの結果にならないこともある。だから無謬の政府などというものはないのである。

 

さて、政府を批判するマスメディアのない中国なら、政府は思いどおりに政策を実行できるのかと思いきや、そうではないようだ。自衛隊機による四川大地震救援物資の輸送や、東シナ海油田開発プロジェクトへの日本の参加など、中国政府がいったん決めたことが、中国国内のネット掲示板への批判的な書き込みに配慮して撤回されたり、国内向けの説明では日本に譲歩していないことを強調したりと、独裁政権とは思えない弱腰な対応をするケースが最近多い。

 

中国でも自由な言論の萌芽が見られ、政府が民意を汲み取ろうとするのは歓迎すべきことだが、個別案件についてネットの意見に振り回されているとしたら、それはあるべき民主主義とは違うのではないかと疑問を感じる。

 

日本をはじめ、代表的な民主主義国にあっても直接民主制を採用していないのには理由がある。そのひとつは数千万人にも上る有権者の意思をいちいち聞いていたら費用と時間がかかってどうしようもないことである。もうひとつは、個別案件ごとに直接民意を聞いていたのでは、首尾一貫した政策ができないからである。

 

たとえば、「税金は少ないほうがいいですか?」と聞かれれば誰でも「はい。」と答えるだろう。また別の時に、「福祉は手厚いほうがいいですか?」と聞かれれば誰でも「はい。」と答えるだろう。しかし、税金を減らすことと福祉を充実することとは二律背反の関係にあるのであって、両者のバランスを取って政策を決定しなくては実行できなくなってしまう。

 

整合性のある政策体系を作るのは専門家の仕事だ。その一翼を担うのが報道機関のはずである。具体的な政策案を作成するのは政府や政党の仕事だが、それを批判的に検証するのは報道機関に期待される役割である。この役割は、ほぼ言論の自由が保障されている日本でも必ずしも十全に機能しているとはいえないが、御用メディアしかない中国ではおそらくまったく機能していないだろう。

 

そのような報道機関が果たすべき役割が欠落した状態で、個別案件についてネット掲示板の意見が直接政府の行動を規制するとしたら、政策の整合性がいっそう損なわれていびつになってしまう恐れがある。

 

中国政府はネット掲示板の書き込みに振り回されるよりも先に、健全・建設的な批判精神を持った報道機関の育成をするべきではないだろうか。私は、そのような健全な政策プロセスを持った国を隣人として持ちたいと思う。

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