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2008年8月

2008年8月30日 (土)

サラリーマンの出世する条件

役員クラスまで出世した人を見ていると、共通していることがある。

・上司の指示には絶対服従する

 イエスマンとのそしりを受けるかもしれないが、組織の使用人としての立場を考えれば、権限を持っている人の指示に従うのは当然ともいえる。

・仕事や会社のためなら時間や労力をいくらでも費やすことを厭わない

 献身的な奉仕をする部下がいてくれたら、上司としてはこんなに助かることはない。

・結果的に無駄になる可能性のある作業でもやるだけやってみる

 もし無駄にならなければ、上司からは「よくぞここまでやってくれた!」と高く評価されるかもしれない。

・部下を徹底的に使い倒す

 部下が可哀想だと思ったら仕事の質・量に妥協することになってしまう。徹底して部下を使い尽くすことで限界までの仕事が遂行できるのだ。

出世する条件とは、経営者にとって都合がよく、頼りになる部下であることと言い換えてもいいだろう。

ここから一つの教訓が得られる。本気で出世を望むサラリーマンなら、「ワークライフバランス」などという言葉を真に受けてはいけない。とことん出世を目指す人間は、会社と仕事のために使える時間と体力すべてを使う覚悟が必要だ。人間的な魅力を身につけるために遊びは必要だが、それも上司や取引先とのコミュニケーションに役立つものに限定するべきである(パチンコなんかやっているのは負け組みだ)。

出世の条件が徹底できるのは、サラリーマンであることが好きな人間に限られるかもしれない。好きなことであれば労を厭わず没頭できる。昔から「好きこそ物の上手なれ」という。サラリーマンであることが好きな人間なら、サラリーマンであることが上手にもなるだろう。

2008年8月29日 (金)

オール電化住宅はおすすめ

Images 我が家はいわゆる「オール電化住宅」だ。冷暖房はエアコン、キッチンのコンロはIHクッキングヒーター、給湯は電気温水器のシステムを使用している。

一番メリットを実感するのはIHクッキングヒーターだ。

・無駄な熱気が出ないので、夏でもキッチンが暑くならず炊事が快適。

・トッププレートがまっ平らなので、汚れても台ふきんで拭くだけ。

・火力調節がデジタルなので、火加減の再現性が高い。

・タイマー機能があるので、パスタの茹で時間の管理が簡単。

・火力が強く、お湯が沸くまでの時間が短い。

・コンロとして使用していないときは物を載せて調理台として使える。

一度IHに慣れてしまうとガスには戻れない。

光熱費は、基本料金が電気に一本化され、オール電化割引もあるため高いとは感じない。

兄が家を建てるときに以上のような話しをしてIHを強く勧めたのだが、「ガスの方が火力が強い」という神話から逃れられず、容れられなかった。炎が見えないと納得できない人もいるようだ。実は家人も最初は反対だった。しかし、IHの実演を見て便利さを納得したのだった。

エアコンの暖房だけだと冬に足元がややすーすーする。床暖房と併用するかシーリングファンを付ければよかった。

2008年8月27日 (水)

頑張るぞー! という豆

Hiyoko01 正確に言うとガルバンゾーという豆である。英語のchick peaを直訳してひよこ豆ともいう。インド料理やメキシコ料理などに使われている。

 

で、私はこれはどちらかというと嫌いだ。十分火を通しても粉っぽくて、あまり風味がない。

 

というわけで、タイトルの駄洒落が言いたかっただけなので。これで、おしまい。

2008年8月26日 (火)

気になるセレブ

セレブが気になる。といっても、セレブの誰かに憧れて、気になると言っているわけではない。

「セレブ」という言葉の使われ方が気になるのだ。

今手許に適当な用例がなかったので、googleで「セレブな」と検索してみると、「セレブなカーライフ」、「セレブな椅子」というフレーズが出てきた。これらもそうだが、最近よく目にする使い方は、どうも「セレブ」という言葉の意味を「豪華な」「贅沢な」「裕福な」と誤解しているとしか思えないものがほとんどだ。

はっきり言っておくが、「セレブ(celeb, celebrity)」には、本来「有名人」という意味しかない。

有名人→お金持ち→豪華な生活 という連想の三段論法(?)から誤用が広がったのだろうことは私にも容易に想像がつく。しかし、逆に、「セレブ」という言葉を目にするたびに頭の中でこの三段論法をたどらされるのは疲れる。

以前自分で書いたように 、言葉は変化するものなので、元が誤用だろうが三段論法だろうが定着してしまえばそれは新たな言葉の意味になってしまう。しかし、中途半端な成金趣味の贅沢にわざわざ「セレブ」という言葉を用意しなければならないのだろうか...

2008年8月24日 (日)

自然な英文を書く

自然な英文を書くのは難しい。通常、学校では限定されたパターンの練習をするだけで、自由に自然な英文を書くための方法は教えてくれない。

和英辞典を引いて日本語の単語を英単語に置き換えるようなやり方(以下「和英辞典的英作文」)では、自然な英文はおろか、まともに通じる英文を書くことすらおぼつかないことを知っておいたほうがよい。

和英辞典的英作文の弱点は、自然な英語では、名詞がどういう動詞を取るか(主語がどういう動詞とともに使われるか)、動詞がどういう前置詞を取るか、動詞がどういう目的語(名詞)を取るか...がわからないことだ。

例えば、日本語では、「お父さんは外にいる。」と言うが、「お父さんは外にある。」とは言わない。人間や動物が主語になる場合と、物が主語になる場合とで使う動詞が違うのだ。しかし、英語にはこういう区別はなく、「My father is out there.」と「My car is out there.」とで使う動詞は同じ「is」だ。仮に「ある」=「is」とだけ覚えている英語話者がいるとして、英語から日本語への翻訳をするとしたら、「お父さんは外にある。」式の文を書いてしまうだろう。

和英辞典式英作文では、これと同様の間違いを平気で犯してしまうのだ。

「私は2005年からこの会社に入りました。」を和英辞典式に英訳してみよう。

まず個々の単語またはフレーズを英語にする。

2005年から→from the year 2005

この会社に→to this company

入りました→entered

そしてこれをつなげて文にする。

I entered to this company from the year 2005.

その結果できたこの英文は不自然だ。より自然な言い方では、

I joined this company in 2005.

I began to work for this company in 2005.

I have been with this company since 2005.

のようになるのだが、和英辞典的英作文では書けない。「会社」=「company」はほぼ成立するのだが、他の表現は1対1対応では英語にならない。この文の場合「company」という名詞がどういう動詞とともに使われるのかを知らなければ自然な英文にはならないのである。

ではどうすればいいのか。一つの有力な方法は、外国人(非英語母語話者)のために編集された英英辞典を使うことだ。以下の辞典は、外国人が英語を書くときに留意すべき事項を意識して作られている。こういう辞書を調べて、自分が想定した語の組み合わせが用例に挙がっているか確認すればよい。用例にない組み合わせを勝手に作るのは避けよう。たいてい間違いだから。

Longman Dictionary of Contemporary English

Collins Cobuild Advanced Leaner’s English Dictionary

Oxford Advanced Leaner’s Dictionary

51whxqkabvl_sl500_aa240_ 21566vwyzjl_sl500_aa180_ 51tivtkhvzl_sl500_aa240__2

2008年8月23日 (土)

言語の基礎的な性質

日本語とか英語とか特定の言語ではなく、人間の言語一般について研究する理論言語学(一般言語学)という分野がある。理論言語学が明らかにした言語の性質からいくつか紹介する。

 

1.人間は生まれつき言語能力を持っている

これまで知られているあらゆる人間社会に言語がある。そして、健康で普通に保護者の下で育てられる限り、特別な努力をしなくても誰でも言語を身につける。これらのことから、人間は生まれつき言語能力を持っていると考えられている。

ただし、ここでいう言語能力とは話し言葉のことだ。文字は人間の生まれつきの能力ではない。小学校に上がるときすでに話し言葉はマスターしているが、読み書きの学習はその後に時間・労力を費やして身につけることを考えてみれば理解されるだろう。

 

2.言語に優劣はない

文明が進んだ国の言語は複雑で、原始的な生活をしている民族の言語は単純かというと、そのような事実はない。ある言語では細かく言い分けられることを、他の言語では区別しないというような違いはあるが、トータルで見ると、概ねどの言語も複雑さの程度は同じくらいなのである。

南米マヤ族のツェルタル語では、花瓶の全体の形状や口元の反り返り方を表現する語彙がいくつもある。エスキモーには雪を表す言葉が20語以上あるという。もちろんその社会に存在していないものを表す語彙はないが、語彙は容易に輸入できる。

語彙だけでなく、時制や空間的位置関係の表現など、言語によってそれぞれ細かく言い分ける特徴がある。

 

3.言葉の「音」に必然性はない

なぜ犬のことを日本語では「inu」という音で表すのか。英語では「dog」という音だし、フランス語では「shien」のような音で表している。同じものの呼び名なのに何の共通性もない。歴史的に起源は何かあるのだろうが、「inu」という音で表さなければならない必然性はない。音そのものには本来意味はないのだ。日本語を話す人同士で、犬のことを「inu」という音で表すという共通認識があるだけだ。

 

4.言語は変化する

あるメッセージ(言いたいこと)をどういう言葉で表すかは、相手に伝わる限り、自由である。このため、直接言葉を交わすことのない地理的・社会的・時間的に離れた相手とは同じ言葉を使う必要がない。そこへ持ってきて、上の3.で述べたように、言語の音には必然性がない(その音でなければならないわけではない)ため、言語は変化する。

言葉が変化することを前提とすると、絶対的に正しい言葉遣いというものはないという結論になる。したがって、言語学では、言葉が正しいか間違っているかという議論はしないことになっている。(ただし、特定の言語を教えるときは基準が必要なので、便宜的に正しい・間違っているということはある。)

2008年8月20日 (水)

NHKに足りないもの

News_logo 問 NHKに足りないものを二文字で表しなさい。

答 規律。

 

NHKが懲戒処分をした職員を何人も子会社で再雇用していたことがこのほどわかったという。

・経費の水増し請求

・万引き

・不正経理

・セクハラ

以上が懲戒処分対象の行為である。

1月にも、放送前のニュース情報を悪用してインサイダー取引をした職員が何人もいたことがわかっている。

NHKは放送法という法律に基づいて受信料を強制的に徴収する権限を与えられている。法律で強制的に金を取り立てるのは税金と同じだ。そのようにして取り立てた金が、上記のような不正行為で懲戒処分を受けた人間の給料として使われているのである。とうてい国民の理解を得られる話ではない。

このように弛緩しきり腐敗しきったNHKに他企業を批判する資格はない。よくも平気な顔をしてニュース、クローズアップ現代、NHKスペシャル、視点・論点などの報道番組では他人様の批判を続けているものだ。

ちょっと話がわき道にそれるが、クローズアップ現代のキャスターを長く勤めている国谷裕子という人は図太い神経の持ち主だ。こんなに汚れたNHKの看板を背負いながら日替わりで平然と他人の論評を続けているのだから。

マスコミは一つの強力な権力である。権力はつねに腐敗する誘惑にさらされている。外部からチェックする実効的な仕組みを作らなければ、NHKの不祥事は今後も続くだろう。我々はそんなNHKに受信料を取り立てられ続けなくてはならないのか。

2008年8月19日 (火)

北京オリンピック開会式の演出

Beijing 2000人もの人たちが一糸乱れず演技をしているのを見て、北朝鮮のマスゲームを思い出した。西側先進国で2000人もの人間が機械のように正確に動くような演出をする国があるだろうか?

 

特に活字が躍るところなど、最後に種明かしがあるまで、機械だろうと思っていた。中国のメカトロニクス技術もここまで進歩したのだというところをデモンストレーションしているのだとばかり思っていた。あんな機械的な動きなどいまどき人間がやる必然性がない。まさに人間が機械の一部分に成り下がってしまう人間疎外だ。

 

マルクスが資本主義の病理として指摘した人間疎外が、逆に共産主義を標榜している中国、北朝鮮でこそ起きているのはなぜなのか。ああいう人間疎外状態を見せることに対して何の疑問も感じない人たちとは何なのか。

 

せっかく多くの国民、多くの民族がいて、たくさんの個性があるのだから、生身の人間ならではの多彩な個性の表現こそ見せて欲しかった。

2008年8月17日 (日)

おならの臭いを防ぐ

中年男というと、ところ構わずおならをして家族から嫌がられるという特徴がある。

 

加齢とともに腸内細菌叢のバランスが悪くなり、においのするガスを大量に発生させる悪玉菌が増えるのが一因だろう。

 

おならは腸の活動に伴って出るものなので、なくしてしまうことはできないが、臭いを抑えることはできる。

 

臭いおならは、私の経験では、たんぱく質を十分に消化吸収できない場合に出る。筋肉をつけようと思ってプロテインを飲んでいるが、量を多くしすぎるととたんにおならが臭くなる。以前、テレビで見たNASAのスペースシャトルの番組でも、食事にたんぱく質が多すぎるとおならが臭くなり、密閉空間のスペースシャトルでは大きな環境問題になると言っていた。

 

したがって、おならの臭いを抑えるためには、たんぱく質の消化吸収を良くすることと、腸内細菌叢のバランスを整えることが有効である。

 

たんぱく質の消化吸収を良くするためには、たんぱく質分解酵素を取ればよい。たんぱく質分解酵素の単体の商品は日本では売られていないようだが、「強力わかもと」など一部の胃腸薬には入っている。アメリカではサプリメントの一種として普通に売っているので、旅行のついでに買ってくるか、個人輸入する手もある。英語では、酵素はenzyme、たんぱく質分解酵素は、bromelain, papain, papaya enzyme, proteaseなどである。

 

腸内細菌叢のバランスを整える方法は、まずはヨーグルトを食べることだ。胃酸で乳酸菌が死ぬのをできるだけ減らすため、食べるタイミングは食事の最後が良いといわれている。

 

オリゴ糖を併せて取ることにより、乳酸菌の増殖を促せばさらに効果がある。オリゴ糖シロップとしてスーパーなどで売っている。これを1日に茶さじ1~2杯分を取る。

 

私は以上の対策をすべて講じることにより、臭いおならについての家人の苦情から開放されたのであった。

2008年8月16日 (土)

中国を見る目は厳しくなっている

China 北京オリンピック開会式での足跡型花火のCG使用や少女歌手の「口パク」問題、毒入りギョーザ事件の中国国内での発生の隠蔽など、近頃、中国に対する日本マスコミの論調には厳しいものが増えた。中国が核実験をやろうが、チベットを侵略しようが、軍備の拡大を推し進めようがすべて見て見ぬふりをしていた頃からするとずいぶん様変わりしたものだ。

 

共産主義を理想と考えるあまりに都合の悪い面は無視した左翼的偏向から遅まきながら卒業し、ようやく大国としての潜在力を発揮しつつある中国の実像を直視し始めたということだろう。

 

今年オリンピックを開催し、2年後には万国博覧会も開き、国連安全保障理事会の常任理事国であり、核兵器保有国であり、そしてGDPとCO排出量でも世界第2位の大国にもなろうとしている中国を、もはや特別扱いする必要はない。一人前の国際社会のメンバーとして、大人扱いしなくてはならない。そうしなくては中国人に対して失礼だろう。

 

これからは、嘘はつかない、約束は守る、一時の感情に任せた行動は慎むといった大人のルールを中国の人たちにも認識してもらいたいものだ。

2008年8月15日 (金)

シャンプーなしの洗髪

愛読しているサイトに、シャンプーなしで洗髪してもなにも問題は起きないということ が書かれてあったので、2日間だけだが試してみた。

 

シャンプーなしだと洗い・すすぎの2段階の工程がなく、短時間で済む。シャンプーが頭皮に残らないようにすすぎに気を使うこともなくて、洗髪がとても簡単だ。

 

懸念されるような、頭がかゆくなったりフケが出ることもなかった。

 

ただし、整髪料を付けたときは完全に落ちなくて髪の毛が重くなるので、シャンプー使用に戻してしまった。

 

もちろんあった方が便利で快適だが、シャンプーなしでは健康・清潔に生活できないわけではない。人類数十万年の歴史の中でシャンプーなんていうものを使うようになったのはほんの数十年前からのことなのだから考えてみれば当然だ。それに気づいただけでも収穫だった。

2008年8月14日 (木)

「崖の上のポニョ」宮崎駿・監督

Ponyo_banner 十分楽しめた。ただし、ドラマチックにストーリーが展開していくというよりも、幻想的なイメージの連続という性格が強く、過去に見たいくつかの宮崎作品に比べると推進力は弱い。それに伴って、メッセージ性も強くない。NHKで放送されたメイキングで、本作の構想にあたっては、まずキャラクターありきで、ストーリーは後から考えているプロセスを紹介していたが、納得した。ストーリーの結末に宮崎駿が悩んだ痕跡もわかる。一応ハッピーエンドだが、すべてが解決する終わり方ではない。ストーリーそのものにテーマがある感じではない。

 

印象的だった構造は、女性的なものと男性的なものとの対比だ。宗介の母のリサと主人公の女の子ポニョは、ともに受容力に富むが、気が強く怒ると怖い。ポニョの母グランマンマーレは、すべてを救済する大きな力を持つ。男の子の宗介は、乗り物や生き物が好きで、やや理屈っぽい。ポニョの父フジモトは、思い込んだことへの執着が強い。宗介の父耕一は家での存在感がない。

 

ポニョと宗介がおもちゃのボートで冒険に出るところは、「いやいやえん」中川 李枝子の「くじらとり」のエピソードを連想した。

 

ポニョが波の上を走る場面の音楽「ポニョの飛行」がワーグナー「ワルキューレの騎行」にそっくりな上に、ポニョの元の名前がブリュンヒルデであることから、ニーベルングの指輪との関係を読み取ろうとする人もいるようだが、おそらく表面的な“しゃれ”程度のことだろう。冒頭部分も音楽だけを聴くとラヴェル「ダフニスとクロエ」に似ているが、映像と一緒に見るとあまり気にならない。

 

前年12月から主題歌を発売して一種のティーザーとしたり、日本テレビの番組を映画の紹介で埋め尽くしたり、プロモーション・キャンペーンの規模は大変なものがあった。テレビ局と一緒でなければ、あれだけのキャンペーンはとてもじゃないができなかっただろう。

2008年8月12日 (火)

いまどき焚き火ってだめなんでしょうか

庭の草を抜いたものや伸びすぎた木の枝を払ったものを「燃えるゴミ」に出すときに思うのだが、自宅で焚き火をしてはまずいのかな。

 

焚き火で灰にすれば自家処理でき、税金やガソリンを使って行政のゴミ回収にわざわざ持っていってもらわなくても済む。輸送や焼却処理にかかるCO2の排出量を減らすこともできる。

 

もちろん煙が出て多少はご近所に迷惑になるかもしれないが、昔なら受忍限度の範囲内だったはずだ。落ち葉で焚き火をして暖を取る情景を歌った童謡もあった。少なくとも私はご近所が焚き火をして煙を出したとしても、燃やすものや頻度が常識の範囲内ならOKだ。

 

家庭用の小型ごみ焼却炉がダイオキシンを出すことが問題とされてから、焚き火がしにくい雰囲気になってしまったのではないだろうか。塩ビを低温で燃やすことは避けなければならない。しかし、草や木だけならダイオキシンの心配はないはずだ。問題は、焚き火を許せば塩ビを燃やしてしまう人が出てくることなのかもしれない。

焚き火の是非はともかく、季節はずれだったか...

2008年8月11日 (月)

寒い国から来た元スパイ

以前、仕事で旧ソ連の某国に行った。ロシア語のできない私は通訳が必要なので、現地で1人の日本語通訳を手配してくれていた。

 

彼は、ちょっと目つきが鋭い中年の男だった。発音の訛りで母語話者でないことはすぐにわかるものの、とにかく日本語が上手で、仕事の話から雑談でも冗談でも何でも大丈夫だった。

 

そして、旧ソ連某国のことよりも、日本の事情に詳しかった。新宿のゴールデン街のことなどを懐かしそうに語っていた。そのため、日本人との方が共通の話題が豊富で、むしろロシア語を話す旧ソ連某国側の人たちとの方が雑談も続きにくいようだった。

 

彼は元KGBのスパイで、ソ連崩壊でスパイの仕事がなくなり、通訳の仕事をしているのだろうと日本人たちは噂していた。私もそうだろうと思った。

2008年8月10日 (日)

「会社の品格」小笹芳央

02924801 「社会」と「会社」と「働く人」との関係に起きている変化と問題点をわかりやすく整理し、処方箋を提示している。ある程度問題意識をもって会社で働いている人なら、まったく知らないことを教えられる部分はあまりないかもしれないが、明快な論理で解説されており、共感を持って迎えられるだろう。

 

今日の会社経営や人事戦略に求められる規律を「品格」をキーワードにしてまとめたところが上手い。元来経済合理性の追求しかビルトインされていない会社というつくりものに、社会性の規律を持たせる必要性を「品格」という言葉で表している。

 

いまどきのサラリーマンが会社と仕事に何を望んでいるのかが書いてあるので、経営者にこそ読んで欲しい本だ。しかし、既に偉くなっている人達は旧体制の勝利者であり最大の受益者でもあるので、本書で著者が提唱するような改革はなかなか受け付けないのだろうな。

 

惜しむらくは、著者が経営する会社の宣伝のにおいがわずかだがしていることだ。コンサルは、親分が本を出したりテレビに出演したりしてPRで拡販するのが基本だから、しょうがないんだろうけど。もし宣伝の誘惑を完全に封印できていれば本書の信憑性はさらに高まっただろう。

 

幻冬社新書054

ISBN 978-4-344-98053-2

2008年8月 9日 (土)

コルボ指揮のフォーレ「レクイエム」

024 人肌、手作り感、等身大の温かみを感じさせる演奏だ。ボーイソプラノや聖歌隊は、小器用にこなすタイプではなく、質実に歌っている。洗練されすぎ、繊細にやりすぎると、現実感がなくなり、かえって感動が薄くなることもあるのをこの演奏を聴いて気がついた。

 

それにしてもこの「レクイエム」が表す世界は清澄で甘美だ。こんなにも天国が良いところならば、ややこしいこの世からおさらばして早くあちらに行きたいものだ。暫時この世界に浸ってしまうと、しばらく現実に適応できなくなってしまう。

 

コルボの実演は、2007年のラ・フォル・ジュルネ・ジャポンで、手兵ローザンヌ声楽アンサンブル、シンフォニア・ヴァルソヴィアで聴いたことがある。1972年に録音されたこのCDよりは洗練されたアンサンブルだったように記憶している(東京国際フォーラムのホールCの後ろの方だったので、細かいニュアンスまではわからなかったが)。このときも会場から外に出るとまさに現世そのものの雑踏で、40分間の天国とのギャップに戸惑ったものだった。 

 

Gabriel Fauré: Requiem

Michel Corboz, Alain Clément, Philippe Huttenlocher, Maîtrise Saint-Pierre-Aux-Liens de Bulle, Orchestre symphonique de Berne

Erato (ワーナーミュージック・ジャパン) WPCS-21095

2008年8月 8日 (金)

セル指揮のマーラー「交響曲第6番」

156 レコードプレーヤーを手放したのが18年前なので、この演奏を最後に聞いたのはそれ以上前になる。今回、CDで買いなおして久しぶりに聴いた。

 

説得力のある、引き込まれる演奏だ。セルは、アンサンブルの緻密さを追求した指揮者といわれるようだが、少なくともこの演奏(ライブ録音)ではアンサンブルは完璧ではないし、決してクールな演奏ではない。私には、とても力の入った、熱気を感じる演奏に感じられる。必ずしも曲の盛り上がるところでなくても、ちょっとしたパッセージの意外な音楽の力に思わずほろっとしてしまうこともあった。それほど密度の高い演奏なのだ。

 

録音は、反響音が少なく、ダイナミックレンジが狭い。1967年の放送録音にしてはあまりよくない。しかし、この演奏の説得力の強さの一端は録音によるものではないかという気もする。ダイナミックレンジが狭いために、音を聞き取ることに神経を使わなくても、音楽が耳に入ってくる。

 

これが新しい録音だと、ダイナミックレンジが広すぎて一般住宅の再生環境では弱音部がよく聞こえない。もちろん音がぜんぜん聞こえないわけではないが、音を聞くことに気をとられて音楽に込められたメッセージを聞き取ることがお留守になるきらいがある。技術の進歩でダイナミックレンジが広がったからといって、その範囲を目いっぱい使う必要はないのではないか。

 

Gustav Mahler: Symphony No. 6 “Tragic”

George Szell, The Cleveland Orchestra. Sony Classical 88697 00813 2

2008年8月 7日 (木)

googleストリートビューに驚いた

Strtvw 既にネットでは話題が沸騰しているようだが、無理もない。東京や大阪など主要都市ならば、住宅街の路地まで数十メートル間隔で撮影した写真がWebで見られるのだ。昔住んでいた場所を見て感慨にふけったりしていると1~2時間はあっという間に過ぎてしまう。

 

特段難しいことは何もないが、見る方法は次のとおり。

1.まずhttp://www.google.co.jpにアクセスする。

2.検索ワードに見たい場所を入力する。たとえば、「東京駅」「大阪市中央区大手前2丁目」など。

3.左上の「地図」をクリック。

4.表示された地図の上方にある「ストリートビュー」をクリック。

5.地図または衛星写真中の青い線で囲まれた道路がストリートビューの対象になるので、見たい地点をクリックする。

6.画面上にストリートビューの吹き出しが表示される。写真上をドラッグしたり、写真ウィンドウのコントローラを操作したりして、写真の大きさや見える範囲を変えることができる。

 

デジタル化できるあらゆる情報をデータベース化しようとするgoogleの戦略の徹底振りには本当に感心する。このストリートビューのようなことは、技術的には10年以上前から可能だったと思うが、ここまで徹底的に写真撮影とデータ処理の手間ひまをかけて実行するところがgoogleのすごさだ。

 

どうやって撮影したのかという疑問がわいてくるが、写真の中には回転させてみるとワゴン車が写っているものがあり、どうやらワゴン車の屋上に広角レンズをつけて撮影しているようだ。

 

また、ストリートビューの面白さに輪をかけているのが、偶然写ってしまった人々の姿だ。立ちション、喧嘩、ラブホテルに入るところ等など、既にいくつか「まとめサイト」が作られて情報が集積されつつある。決定的瞬間ではなくても、たまたまgoogleの撮影車が通りかかったときに居合わせたことで、瞬間を固定され、世界中どこからでも見られるようになってしまったことに不思議さを感じる。しばらくはいろいろな瞬間が発見されて話題になるだろう。

2008年8月 6日 (水)

さけ中骨の缶詰

Vfsh0030 最近、スーパーでさけ中骨水煮の缶詰が100円くらいで売られている。これがちょっといい。

 

子供の頃、さけ缶に中骨が入っていると兄弟で争って食べたものだった。缶詰は高温で煮てあるので、骨も柔らかくなっている。あの独特の歯ざわりがみんな好きだったのだ。もちろん、育ち盛りの子供にとってカルシウムの補給にも良い。

 

あれから数十年経って、カルシウムの補給はどちらかというと骨粗しょう症の予防のために必要な歳になってしまったが、中骨の歯ざわりは今でも好きだ。その中骨だけが缶詰になっていて、しかも安いので、気に入ってしまったわけだ。

 

栄養の点でも注目すべき特徴がある。栄養成分表示を見ると次のようになっている(メーカーはマルハ/ホニホ)。

 

エネルギー 78 / 100 kcal

たんぱく質 11.5 / 16.2 g

脂  質  3.9 / 3.2 g

炭水化物  0.7 / 0.1 g

カルシウム 1400 / 2200 mg

 

筋肉と骨の維持に必要なたんぱく質とカルシウムが非常に多く、炭水化物がほとんど含まれていない。脂肪は少しあるが、魚の脂肪なので、気にすることはない。血糖値を上げる成分がほとんどないので、肥満の原因になりにくいといえる。

 

欠点としては、なんとなく貧乏な人が食べるもののようなイメージがあるからか、家人が冷淡なことである。

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