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2008年9月30日 (火)

演歌は日本人の心か

よく演歌は日本人の心だと紹介されていたことがあった。しかし本当にそうなのだろうか。疑問である。

 

1.演歌は1950年代以降に広まった

ヨナ抜き音階の演歌調のメロディーが流行歌となったのは、1950年代に美空ひばり、春日八郎、三橋美智也、三波春夫、村田英雄、島倉千代子らの歌が売れてからである(Wikipediaによる)。

 

日本の長い歴史から見ればつい最近の出来事じゃないか。それなのに、あたかも日本の歴史と伝統に根ざした音楽であるかのような言い方は当を得ていないのではないか。

 

2.歌詞の内容に一般性がない

演歌の歌詞には、海・酒・涙・女・雨・北国・雪・別れが良く出てくる(Wikipediaによる)。シチュエーションとしては、水商売の人が関係する別れの歌が多い。

 

伝統的には、日本人の大多数は農村で農業に従事していたのであって、水商売が典型的な日本人とはとても言えない。なのに、水商売の人の心情を歌った歌がどうして日本人の心なのか。

 

それぞれの時代にそれぞれの流行歌のスタイルがある。第二次大戦復興期の流行歌が演歌だったので、その時代に音楽になじんだ人にとっては心の歌ということはできるかもしれない。

 

もしそうだとすれば、フォークソング、ニューミュージック、ビジュアル系、ラップなど、それぞれのスタイルが流行った世代にそれぞれの心の歌があるということになる。あえて演歌についてだけ日本人の心だなどと大風呂敷を広げることはないのである。

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