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2008年11月

2008年11月29日 (土)

安売りメガネチェーンは許せる

Logo_winter 10年位前からレンズ込みのセットで5000円という激安価格で成長してきた安売りメガネチェーンがいくつかある。Zoff(ゾフ)がこの業態のパイオニアで、8(ハッチ)とかalook(アルク)が追随したと理解している。

 

実は安売りメガネを愛用しているのである。平均すると1年に1本くらいメガネを購入しているので、価格が安いのはありがたい。老眼が始まったせいだと思うが、レンズの度をよく変えたくなるのだ。さらに、度を変えるとそれに合わせたサングラス(色つきレンズ)も旅行用に欲しくなる。フレームの細部を高級品と比べれば部材の端末の処理が粗いとか違いがあるのは仕方がない。

 

近視の度が強く、高屈折レンズを使用しているので、1セット5,000円というわけにはいかず1万円以上するが、それでも一般的なメガネ屋に比べるとはるかに安い。

 

これまでZoffalookのメガネを2~3本ずつ買っているが、いずれも品質の点で不満を感じたことはない。店員の教育もまあまあ行き届いている。いったん出来上がったメガネを使用したところどうしても度になじめなかったときは、店に言ったら無料でレンズを換えてくれたこともあった。

 

メガネはもともと粗利率が非常に高いので、経営の工夫で値段を下げる余地が大きいと聞いたことがある。薄利多売で満足できる商品を提供してくれるのなら大歓迎だ。

2008年11月28日 (金)

顎関節症を直す

十数年前、美味しそうな厚切りステーキに食らい付いた瞬間、右顎の関節にグキっと衝撃が走り、強い痛みを感じた。何とか我慢して食事を終えたものの、それ以来口を大きく開くと顎関節がポキポキと鳴り、顎に力を入れると痛みが走るようになってしまった。

 

口を大きく開けられないので、大きいものが食べられなくなった。例えば、ビッグマックはかなり大口を開けて齧らないと、パンとハンバーグとを同時に味わえないので、食べられなくなった。ビッグマックほどでなくても、とにかく大口を開けて齧るようなものはだめだ。

 

また、力を入れて物をかむと痛いので、弾力のあるものや硬いものがだめになった。アワビの寿司だとか、ガムやベーグル(本格的なやつ)は食べられなくなった。

 

歯医者に行ったら顎関節症と診断された。最初に診察した歯科医は、病名がわからず、「顎の関節にある軟骨がずれたんでしょうね。」と言っていた。その歯科医のアドバイスで大きな病院に行って初めて顎関節症という病名を知らされた。当時はまだ顎関節症が今ほど一般的な病気になっていなかった。その後、森高千里がこの病気で仕事を休んで一気に知られるようになった。

 

治療法は、透明な薄いプラスチックでできたオーダーメードのマウスピースを上の歯にすっぽりかぶせるというものだった。それによって、かみ合わせを少しずらすことで顎関節への負荷が軽減されるという。寝ている最中に間違って飲み込んでしまわないように、夜は外して寝る。ものを食べるときもマウスピースと上あごの間に食べ物が挟まって不快なので外した。一日これをかぶせていると結構汚れるので、寝る前には入れ歯洗浄剤に浸した。

 

マウスピースは4年間くらいしていただろうか。きわめてゆっくりとだが顎の症状が改善してきて、強い痛みはなくなった頃にやめた。マウスピースをしていると、歯をかみ締めにくいので、それが良かったのだろう。振り返ってみると、以前は無意識に歯をかみ締めていることが多かったのに気づいた。

 

マウスピースをやめた後も、意味もなく歯をかみ締めることをしないように気をつけた。また、硬いものや大口を開けるものもなるべく食べないように心がけた。そういう生活を10年ほど続けた。

 

ここ何年かは、食べられないものはほとんどない程度まで回復しており、顎関節症はほぼ直ったといっていいだろう。たまに関節で音がすることはあるが、苦痛を感じるほどではない。

2008年11月27日 (木)

フィットネスクラブの値上げ

Tip 大手フィットネスクラブのコナミスポーツクラブとティップネスが月会費を値上げするという。

 

これまでフィットネスクラブ業界は、消費マインドが陰りを深める中で会員数を増やそうとして、会費の実質値下げを行ってきた。ここへ来て値上げに踏み切ったということは、会員数を増やすことは断念したのだろう。

 

フィットネスクラブの利用者には、ほぼ生活必需的なサービスとなっているコアな層と、季節や流行によって来たり来なかったりする浮動層とがある。会費の値下げが入会のきっかけになるのは主に浮動層だ。

 

長引く景気後退で、浮動層は退会してほぼいなくなってしまい、残った会員はコア層なのだろう。コア層にとってフィットネスクラブは完全に生活の一部になっているので、数百円の値上げでは逃げないと考えたのだろう。コア層からの売上げで損益分岐点の売上げを確保する戦略とみた。

 

ただし、いくらコア層とはいえ、景気後退が長期化した場合、いつまでついてくるかは不安要因だ。コア層が脱落し始めるようだと、次の手を打たなくてはならなくなるだろう。

2008年11月25日 (火)

元厚生次官襲撃事件

男が元厚生次官とその妻を自宅で襲撃した事件がマスメディアを賑わしている。元高級官僚が連続して襲われた謎解きが世間の関心を集めるのは自然だ。

 

しかし、この“テロ行為”に対して肩に力の入った怒りを表明するコメントが多いのがちょっと気になる。いわく「民主主義への挑戦だ」とか、「言論封殺だ」とか。

 

もちろん暴力の犠牲になった方々にはお気の毒なことだ。でも同じくらい理不尽な犯罪被害で命を落とすケースは他にも多数起きている。例えば、大阪で車に6km引きずられて死亡した男性だって、命を落とさなくてはならないような落ち度は何もなかった。それを思えば、元厚生次官襲撃事件だけを取り上げてこぶしを振り上げるのはバランスを逸しているように思える。

 

一般市民に比べれば、権力の中枢に近い方々は元来、犯罪の対象になるリスクが高いと考えた方がよいのではないか。権力奪取=敵を殺すことだった戦国時代までは遡らないとしても、米国のジョン・F・ケネディの例が示すように、20世紀後半でも世界では権力者の暗殺は珍しくない。政治権力の行使は政治家に任せて、官僚は分をわきまえて事務的な仕事を粛々とやるだけにとどめれば“テロ”の犠牲になるリスクが減るかもしれない。

2008年11月23日 (日)

上場会社エイベックスが保釈金の貸付

Avex 5億円詐欺事件で逮捕された小室哲哉の保釈金3000万円をエイベックスが立て替えたそうだ。エイベックスは上場会社として一般株主に対する経営責任やCSRもあるわけだが、刑事被告人の保釈金を会社の金で貸し付けたりして大丈夫なのか。

 

エイベックス創業期の大恩人である小室哲哉の苦境に助けの手を差し伸べたくなったとしても人情としてはわかるが、上場企業となると個人的な義理人情で会社の資産を処分するわけにはいかない。

 

金策が尽きて詐欺にまで手を染めたくらいだから、貸付をする相手としての信用度は極めて低い。元本は国が預かっているので逃亡しない限り戻ってくるとはいえ、上場企業がこういう性格の資金を貸し付けるというのはかなりまずいのではないか。

 

会社の金ではなく、松浦勝人社長がポケットマネーで貸し付けるのが適切だったと思う。

2008年11月22日 (土)

『日経ビジネス』の広告特集はたぶん費用対効果が低い

Nb 週刊誌『日経ビジネス』にはときどき広告特集があり十数ページにもわたって、同じ業界の複数の企業の広告が掲載されていることがある。

 

広告を読むために雑誌を買う人はほとんどいない。記事を読んでいたら間に広告が挟まっていて、ついでに見る。そして、たまたま興味のある広告ならじっくりと読むかもしれない。そいういうものだろう。

 

広告ばかりが何ページも続いていたら、その部分はまとめて飛ばしてしまうという人は多いのではないか。興味を持って広告だけでも熟読する人が多いテーマの場合には広告特集もいいかもしれないが、一般的には記事中とか記事対向ページの広告の方が閲読率は高くなると考えるのが自然だろう。

 

広告営業担当者にとっては「競合の○○さんも出稿されますよ。」という殺し文句でまとめて受注できて楽かもしれないが、広告主にとっては費用対効果に疑問がつく。

2008年11月20日 (木)

モーツァルト大全集~ピアノ協奏曲全集 デレク・ハン(ピアノ)、ポール・フリーマン(指揮)フィルハーモニア管弦楽団

240_ オランダのクラシック・レーベルBrilliantモーツァルト大全集(170枚組)のピアノ協奏曲全集は、中国系アメリカ人デレク・ハンがピアニストだ。

 

ハンの演奏は初めて聞いたが、柔らかな、ゆっくりと深呼吸するような演奏だ。技術が前面に出ることはなく、音楽の感情が自然な流れの上に展開される。

 

「癒し」というキャッチフレーズをつけたモーツァルトの編集版CDをよく見かけるので月並みな形容になってしまうが、ハンの演奏はリラックスでき、癒されるような演奏である。

 

 

Wolfgang Amadeus Mozart Complete Works

Volume 2: Concertos

Derek Han, piano

Philharmonia Orchestra, Paul Freeman

Brilliant Classics 92450

2008年11月17日 (月)

ソニーSRS-Z1の恐るべき定位

Srsz1 テレビチューナー内蔵で一応AV指向のパソコンを使っているのだが、クラシックを聞くのには著しく音質が不十分なため、アクティブスピーカーを接続することにした。

 

古いがソニーSRS-Z1が家にあったので、これを使ってみることにした。

 

スピーカーの箱が縦8cm×幅5cm×奥行き6cmしかなく、スピーカーユニットも口径3.5cmというミニサイズなので、低音が不足するのはやむえないとして、音像の定位がシャープなのにはいまさらながら驚いた。

 

128kbpsMP3をパソコンで再生した、お世辞にも上質とはいえない音源を入力して聞いているのだが、居間で使用している一式60万円ほどのステレオでSACDを再生するのよりも、定位だけならこちらの方が良い。

 

オルフの「カルミナブラーナ」を聞きながらこれを書いているが、オーケストラの管・打楽器がどこにいるのかは手に取るようにわかるのはもちろん、合唱の一人ひとりまで分かるような気がするくらいだ。

 

目の前のパソコンのモニタをはさんだ60cmほどの距離の間に小人のフルオーケストラが並んで演奏しているように聞こえ、ファンタジーの世界が眼前に展開しているようだ。

 

ウォークマンと一緒に持ち運ぶことを前提に作られた製品なので、大きさには制約がある。そこで何を捨てて何を取るか、というときに、ソニーの商品開発者は「音像の定位」を選んだのだろう。この製品は2000年ごろの発売で、2007年まで販売されていたようなので、かなりのロングセラーだ。ネットで検索してみると、一人で何台も買った人もいるようだ。コンセプトが明確な商品が消費者に支持されたケースといえるだろう。

 

低音が不十分ではあるが、全体の音質はパソコンのモニターに付属しているスピーカーよりははるかに良い。当分、パソコンで音楽を再生するときはこれを使うことにしよう。

2008年11月16日 (日)

言語学者は下ネタが好き?-NHK「爆問学問」

NHK「爆問学問」にこれまで2人の言語学者が登場した。田中克彦と山口仲美だ。

 

番組中で田中克彦は、「『巨乳』という言葉ができたから“巨乳”という概念が広まった」、というようなことを言っていた。

 

山口仲美は、「若者言葉の『CM』とは“超悶々”という意味で、例えば『先週は毎日ヤったけど今週はヤってないのでCM』のように使う」というようなことを言っていた。

 

偶然かもしれないが、たまたま言語学者が二人とも下ネタ系の発言をしていたのである。

 

これは偶然ではないと思う。言語学者にとって、言葉に貴賤はない。意味や用法として、丁寧語や卑語という概念はあるが、言語学者として発言する場合、言葉に対する個人としての価値判断を交えてはならない。学者として研究対象に対する個人的な好き嫌いを論じるのは無意味だからだ。

 

下ネタの言葉をあえて発することで言葉に対する客観的な姿勢を示すとともに、うけをとるという一石二鳥ができるのは言語学者の特権かもしれない。

2008年11月15日 (土)

Karajan Symphony Edition~ハイドンの交響曲

979 例えばヘルビッヒの演奏が清新・軽快なのに対して、カラヤンは劇的・重厚だ。ハイドンの時代のオーケストラ編成を考えれば、おそらくヘルビッヒの方が作曲家がイメージした演奏により近いのだろう。しかし、先入観なしに聞けば、カラヤンも説得力のある演奏である。

 

好みの問題ではある。和食なら刺身か塩焼きにする魚を、バターたっぷりでムニエルにしてタルタルソースをかけたようなものだ。違うけれども、美味しいと感じるのならそれもいいではないか。

 

大編成の近代オーケストラに何の疑問も抱かなかった時代ならではの演奏だ。近年は交響楽団の演奏会でもハイドンやモーツァルトなど古典派以前を演奏する場合は、編成を小さくするのが普通になった。ハイドンの大編成での演奏を聞く機会はほとんどない。そう考えると貴重な記録とも言える。

Karajan Symphony Edition

Berliner Philharmoniker

Deutsche Grammophon 4778005

2008年11月14日 (金)

東京大空襲の責任

1113日、東京大空襲の被災者が国に謝罪と損害賠償を求めた訴訟の口頭弁論が東京地裁であったことが報道されていた。戦争被害を招いた責任が国にはあり、軍人や軍属には補償があったのに、民間人には何もなかったからだという。

 

テレビで原告の主張も聞いたが、戦後、空襲で受けた傷の後遺症などで辛い生活を長年続けてきた原告たちの鬱積した思いを軽々しく扱うことはできないとは感じた。

 

他方で、責任を問う相手がなぜ現在の日本政府なのかという疑問も禁じえなかった。

 

東京大空襲を行った責任はアメリカ政府にこそあれ、被害国である日本の政府にその責任があるのだろうか。東京大空襲は、非戦闘要員に対する無差別殺戮であり、この点では広島・長崎への原爆の投下と本質的に変わるところはない。もしアメリカが戦勝国でなかったら、人道に対する罪として責任者は死刑になっていただろう。訴訟を提起するなら、一義的にはアメリカ政府を被告とするべきではなかったのか。

 

それに、日本国憲法に基づく現在の日本政府は、大日本帝国憲法下の太平洋戦争を起こして遂行した政府とは違う。

 

もちろん敗戦国である日本は、戦争に関する一切の求償権を放棄させられているはずなので、アメリカに対する損害賠償請求訴訟は門前払いされるだろう。ただ、こういう種類の訴訟は、実際に損害賠償を勝ち取ることが目的というよりも、政治的な主張を公の場で提起することに実質的な目的があることが多いので、それならばアメリカ政府を被告として訴えを起こしてもよかったのではないか。

 

実際、アメリカ人でも良心的な人たちは、日本に原爆を投下したことに罪悪感を抱いている。無辜の市民の上に大量の爆弾を投下した東京大空襲のことを知ったら、きっと罪の意識を持つことだろう。

 

繰り返しになるが、政治的なアピールなら、なおさらアメリカ政府を相手にした方がよいのではないかと思う。

2008年11月12日 (水)

バラク・オバマ次期米大統領に期待できること

Small_obama_image オバマ次期米大統領には人種以外にも歴代アメリカ大統領にはないバックグラウンドがある。

 

父親が移民ですらない外国人であること。

継父の国インドネシアで5年間小学校に通っていること。

 

アメリカのような地理的・経済的・文化的に大国である国や、日本のように島国で経済的・文化的に独立している国で生まれ育つと、自分の国を客観的に見る機会がない。大多数のアメリカ人は外国のことには無知で興味もない。日本人は表面的に外国の文化や言語を取り入れることには熱心だが、自国を相対的に見る観点を持つには至らない。したがって、外国音痴であることではアメリカ人と日本人は大同小異のところがある。

 

自国を相対的に見ることができないと、愛国心を持つにしても、朝日新聞のように自国を嫌うにしても、バランスの取れた考えができない。

 

中~西ヨーロッパのように他民族が地理的に近くにいて、相互に侵略や戦争も繰り返してきた国ならば、否が応でも自国を相対的に認識することになる。

 

オバマ氏は、外国を身を持って経験しており、アメリカという国を相対的な関係で捉え、その上で外交戦略を判断することができるのではないかと期待している。

2008年11月10日 (月)

メシアン全集をドイツ・グラモフォンが出す意義

610 メシアン全集をしばらく前に入手したのだが、他にも未聴CDの在庫が膨大にあり、全部聞きとおすのはかなり先のことになりそうだ(何しろモーツァルト大全集170枚組がある)。

 

とりあえずウォークマン向けにリッピングを始め、同封されているブックレットをパラパラめくってみた。ブックレットは380ページもあり、全作品の解説と歌詞がフランス語と英語で書かれた立派なものだ。老眼が始まった私にはこのCDサイズのブックレットを読み通す根気はないが、メーカーの気魄が感じられる。

 

録音データを見て気が付いたのだが、この全集に収録されている録音の大部分はUniversal Classics Franceによるもので、Detusche GrammophonDECCAは少ない。にも関わらず、全集をドイツ・グラモフォン(DG)レーベルで出したのには、それなりの理由があるだろう。

 

一つ考えられるのは、DGのブランド力だ。19601980年代にかけて、カラヤン、ベームなど一流演奏家はほとんどDGからアルバムを出していた。私はその時代にクラシック音楽を覚えたので、信頼できるブランドという印象は強い。現代音楽の市場規模は小さいので20世紀後半のフランスを代表する作曲家メシアンといえども商業的には全集の売上げに多くを期待できないだろう。せめてDGのブランド力を活用して売上げを極大化したいと考えたのかもしれない。

 

そしてもう一つはフランスとドイツとの関係だ。歴史的にはフランスとドイツとは犬猿の仲であった。特に第二次大戦ではナチス・ドイツがフランスを占領して多大な被害をフランスに引き起こしたことは周知のとおりだ。

 

今日のEUは、元をただせば仏独が二度と戦火を交えて周辺ヨーロッパ諸国を含めた悲劇を繰り返さないようにすることが大きな目的だった。仏独が友好関係を維持することは西~中央ヨーロッパにとって極めて大きな意味がある。

 

20世紀後半のフランス最大の作曲家メシアンの全集をあえてドイツのレーベルで出すことは、仏独の文化的な友好関係を示すという特別の意義があるのだろう。

 

Olivier Messiaen Complete Edition

Deutsche Grammophon 480 1333


2008年11月 9日 (日)

H&M銀座店に行ってみた

Hm_logo_print_2 ファッション(流行)にはほとんど興味がないのだが、先に書いたようにH&Mのパブリシティがあまりに見事なので関心がわき、H&M銀座店に行ってみた。行列に並ぶのはゴキブリと同じくらい嫌いなのでほとぼりが冷めるのを待って今日となった。

 

金曜日の夜という時間帯が良かったのか、噂の行列はなく、すぐに入れた。婦人服は興味も知識もないので、まっすぐにメンズの地下1階へ。

 

売り場に着く前に持った印象は、内装に金をかけていないことだ。壁や什器は無地でそっけないし、階段ですら工事現場の仮設階段のようだ。商品をあれだけ安く売るためには、設備には極力投資しない方針なのだろう。それにしても、ユニクロ、ZARAGAPなど他のSPAと比べてもはっきりわかる安普請だ。

 

肝心の商品だが、素人の私が見てもわかる安物である。品質に対してこだわらない欧米諸国の庶民ならいざ知らず、おそらく世界一の着道楽民族である日本人がこの品質で満足できるのかはなはだ疑問だ。マスメディアがこのことをまったく書かないのはだいぶ鼻薬をかがされているのかも。

 

今はパブリシティ効果が効いていて、遠路はるばるやってきた人たちがせっかく来たのだからと大量に買って帰るだろうが、そういう需要が一巡した後にリピーターとなるかどうかが見ものだ。

 

価格対品質でいえば、ユニクロの方がはるかに高い。H&Mも長期的に日本でやっていこうとするなら、パブリシティだけでなく商品力についても本気で考えないとまずいのではないか。

2008年11月 8日 (土)

定額給付金の対象から高所得世帯を除くべきか

経済対策として実施する定額給付金に所得制限を設けるかどうかが議論されている。定額給付金は、元は減税が考えられていたのだが、以前地域振興券を提案した公明党が大好きな現金バラマキ方式に変更されたものだ。

 

減税の場合、戻し税でない限り、書類上の数字が変わるだけで目に見えて財布の中味が増えるわけではないので、景気浮揚策としての効果は低いかもしれない。日本では小切手を使用する習慣がほとんどないので、多数の人に同時に金を払う場合の方法が難しい。

 

で、所得制限だが、所得を捕捉しているのは国税庁で、定額給付金の支給事務を行うのは市町村が想定されているため、一定以上の所得がある人を選んで支給対象から除外する事務を役所をまたがって行うのに時間も費用もかかってしまう。それでどうするべきか悩んでいるらしい。

 

高所得者に対して給付金を支払うのは、感情的にも納得しにくいし、景気浮揚策としての効果も低いだろう。

 

他方、世帯数の数パーセントを占めるに過ぎない世帯を排除するために多額の税金を使って事務処理をするのも費用対効果として無駄になる可能性がある。厚生労働省の平成18年度国民生活基礎調査によると、世帯所得が2000万円以上の世帯は1.2パーセント、1000万円以上が12.8パーセントである。


H18

どこで足切りするかにもよるが、一桁パーセントならあえて手間ひまかけて除外しなくても良いのではないか。高所得者は税金もたくさん納めているはずなので、今検討されている定額給付金くらいの金額なら戻してあげてもいいような気がする。

2008年11月 7日 (金)

H&Mのパブリシティ戦略の大勝利

Hm_logo_print 913日に銀座店が開店したスウェーデン出身のH&Mは、開店前からあらゆるメディアで大きく取り上げられてきた。その効果だろう、行列がほとんど常に絶えない大盛況ぶりだという。

 

例えば、日本テレビの「ズームイン!!SUPER」では、銀座店と今月開店する原宿店のそれぞれについて、単に店を紹介するだけではなく、売っている商品を一般の人に見せて感想を聞くなど取材の手間ひまもひととおりではない力の入れ具合だった。

 

なぜH&Mがこれほどメディアに露出することに成功したのだろうか。同業のZARAが日本に進出したときにはこんなことはなかったはずだ。

 

1つにはまず銀座に出店したという出店戦略の成功があげられるだろう。本国では郊外型出店が基本だったにもかかわらず、日本に持ってくるにあたって、あえて銀座に1号店を出して成功したマクドナルドの藤田田を想起させる。なんといっても日本一の風格を誇る繁華街の銀座である。その中央通沿いに店舗を出すことだけでかなりのニュースバリューになる。

 

後は想像だが、かなり丁寧なメディア対応をやっているのではないだろうか。H&Mなんて日本では業界関係者でなければほとんど知らなかったはずだ。それを“知ったかぶり”して記事がかけるように記者に対してきめ細かな情報提供をしたのではないか。欧米での店舗展開の状況や、ファッションのコンセプトなどについて、かゆいところに手が届くようなメディア対応が功を奏したように思われる。

2008年11月 6日 (木)

二階経済産業大臣の余計なお世話

二階経済産業大臣が電気・ガス料金の値上げ幅を抑えるように業界に圧力をかけた結果、来年1~3月の電気・ガス料金の値上げ幅は圧縮されることになった。

 

しかし、電力・ガス会社としても原料の値上がり分は回収しないとやっていけないので、圧縮した分は来年4月以降の料金に上乗せされることになった。仮に原油価格がずっと上昇傾向を続けるのなら、料金が急激に値上がりしないようにする今回のような措置も意味があったのかもしれない。

 

アメリカ発の金融危機の影響が広がり、原油価格も急落した。このままで行けば、電気・ガス料金は、一時的に値上がりするが、その後はまた値下がりして元の水準に戻るはずだ。それなのに、今回の措置のせいで、値下がり局面になっても元の水準に戻る時期がかえって遅くなってしまった。

 

二階大臣としては、選挙を控えて少しでも国民の前でいいカッコをしようとしたのだが、やはり短慮だったのではないか。もちろん値上がりはつらいが、値下がりがおあずけになるのもつらい。景気の回復局面では重石になってしまう可能性すらある。

 

どちらかといえば、原油価格のようなコントロールできない要因は、かつて180円台まで上がったが今では130円台に収まっているガソリン価格のようにダイレクトに価格に反映したほうが経済の効率性につながるだろう。

2008年11月 5日 (水)

脚がつるの(こむらがえり)を防ぐ

少し前からランニングの練習を始めたため、夜寝ている最中に脚がつるのを警戒している。

 

180pxlemonクエン酸を飲んでおくとこむら返りが防げるという情報があったので、試してみた。ランニングで脚を酷使した後は、必ずレモン汁大さじ1杯ほどを水で薄めて飲むことにしている。レモン汁大さじ1杯(15ml)にクエン酸が1.1gほど含まれている。

 

以前は運動をしていなくてもたまに寝ている最中に脚がつることがあり、著しく安眠が妨害されて困ることがあった。レモン汁を飲んで寝た夜に脚がつったことは一度もない。

 

これは効果があると思われる。脚がつって困っている人は試してみてはいかがだろうか。

2008年11月 4日 (火)

死刑廃止について

EUが死刑を廃止するよう各国に圧力をかけていることはこちらに書いた。EUに限らず、死刑廃止論の主な理由は次の2点に集約できるだろう。

 

1.誤審の可能性があり、死刑執行してしまった場合に取り返しがつかない。

2.人が人を殺すことがそもそも残虐である。

 

1.については、逆に誤審の可能性がない場合には死刑を執行しても容認されることになる。例えば、衆人環視の環境で犯罪行為をした場合が考えられる。満員の野球場のど真ん中から機関銃を乱射して多数の人を死傷させ、かつ、犯人が事実を認めている場合、事実について誤審の可能性はないと考えてよいだろう。

 

また、取り返しがつかないことについては、禁固刑、懲役刑などの自由刑でも同じだ。自由刑に処せられている時間は、社会的には死んでいるのと同じであり、いったん過ぎ去ってしまった時間の取り返しが付かないことには変わりはない。死刑にならなくても人は必ずいつか死ぬのであり、刑罰によって生きている時間が短縮されるかどうかの違いがあるだけだ。

 

2.については、私も人を殺したくないし、人に殺されたくもない。しかし、嫌なことであってもやらなくてはならないことは世の中にたくさんある。人を殺すことは、究極の嫌なことではあるだろうが、だからといってこれだけを別格に扱う必要があると証明できるのだろうか。

 

自らの死をもってしか償えない罪はあると考える。そのような罪を犯した人間に罪を償う機会を与えないどころか、終身刑に処すれば、逆に税金で一生養ってやることになり、感情的に納得できないものがある。たまに刑務所に入りたくてわざと罪を犯す者がいるが、一生食うに困らないようになりたくてわざと殺人を犯す人間が出てきたらどうするのか。仮に死刑に替えて終身刑を導入するのなら、罪を償うために何をさせるのかよく考える必要がある。

 

現在、日本国民の多数は死刑制度を支持している。おおむね私と同様の考えの人が多いのではないだろうか。

2008年11月 3日 (月)

見た目で入試不合格

神奈川県立高校で、入試では合格圏だったのに面接での服装や態度を理由に22人が不合格となっていたことが問題とされている。

 

詳細な合格基準は知らないが、入学選考過程に面接があるということは、面接の結果が合否に影響するということだろう。

 

では、面接とは何か。面接の内容が純粋に知識を問う口頭試問のみであるならば別だが、普通の面接は所詮面接官が主観的な評価をするものである。もっともらしい評価項目や評価基準があらかじめ設けられていることもあるが、そういう評価も見た目に大きく影響されるものだ。個人的な好き嫌いが評価に影響することは、心理学者たちの研究によって既に明らかにされている。

 

それに、まともな受験者ならば、可能な限り良い印象を与えるように服装から態度、話し方まで努力するのが当然だ。そういう努力をしない者は評価が下がっても仕方がない。

 

今回は県立高校だったので、入学選考過程での透明性や客観性が強く求められるため問題視されたのはある程度やむをえない。しかし、県立だろうが私立だろうが、面接で良い印象を与えようとする気もないような志願者を入学させる学校がもしあったら将来性はない。

 

神奈川県教育委員会としてとるべき対応は、今後は面接での評価基準に見た目も含まれることを明示することだろう。

2008年11月 2日 (日)

いまだに見る試験の夢(その2)

(その1はこちら


先日、大学時代の友人たちに試験の夢をいまだに見ると話したところ、自分も同じような夢を見ると数人が言っていた。

 

私だけが特別な不安を抱えていてそれが形を変えた夢になっているというわけでもなさそうだ。

 

日本の大学はいったん入学してしまえばほとんど全員卒業できると批判されることがあるが、(少なくとも私が行った大学では)卒業するまでにはそれなりのプレッシャーを感じている学生は少なくないようだ。そのプレッシャーの記憶が何年経っても夢に出てくるのだろう。

 

余談だが、私の知る限りではアメリカの大学でもそれほど多数が中退するわけではない。有名大学なら入学時点で厳しい選考を経ているし、授業内容は日本よりむしろ丁寧でわかりやすい。どんどん入学させてどんどんふるいにかけて落とすというわけではない。

2008年11月 1日 (土)

国連・人権権規約委員会の死刑廃止勧告

1030日、国連の人権規約委員会は日本政府に対して死刑制度の廃止を求める報告書を公表した。手続き的に言えば、内政干渉であり、無視してよい。

 

しかし、軽視できないのは、こうした国際的な死刑廃止の動きはEUが主導しており、途上国に対しては援助と引き換えに死刑廃止を押し付けるなどして実績を積み重ね、包囲網を構築しつつあることだ。

 

よく勘違いをしている人が一般国民だけでなくマスメディアにもいるが、国連というのは公正中立な機関ではない。諸国がそれぞれの利益や思惑を持ち込んで、自分たちの有利なように国際社会を動かそうとするきわめて生臭い場である。だから、「国連が言っているから」というのはその主張が正しい理由にはならない。

 

よくアメリカがイラクなどに民主主義を押し付けていると批判されるが、EUもまた彼らの考える“人権尊重”をあたかも絶対的な正義として諸外国に押し付けているのだ。ある意味同じ穴のむじなである。

 

こういう動きに対しては、日本としての考えで是々非々に対応していけばよいのであるが、日本のメディアはすぐに国際的な趨勢だから日本も従うべきだという理由にならない議論をしがちなので、我々国民としては気をつけなければならない。

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