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2009年2月

2009年2月28日 (土)

ローズマリーの花

実家から挿し芽をして持ってきたローズマリーの花が今年からよく咲くようになった。

 

挿し芽をしてから3年目になり、株が充実してきたのだろう。

 

ローズマリーは、病虫害もなく、常緑で一年中庭に緑を添えてくれる。料理やハーブティーにも使えて便利なハーブだ。

Rosemary_2

2009年2月26日 (木)

エマ・カークビー集(ハイペリオン盤)

Frontl 英国のソプラノ歌手エマ・カークビーのハイペリオンへの録音から集めたベスト・アルバム。モンテヴェルディ、パーセル、マショー、ダウランド、バッハなど、古楽の専門家としての代表的なレパートリーを収録している。

 

この人は、とにかく透明感のある美声がノンビブラートで歌う古楽にぴったりしており、天国的(celestial)と呼ばれている。清潔、端正な歌声を聴いていると、世俗のいろいろなややこしいことを忘れさせてくれる。

 

20年以上前に友人が持っていたカークビーのアリア集を耳にしてそのときは惹かれたのだが、CD1枚も購入しないままになっていた。最近ポンド安を利用してamazon.co.ukで買い物をしようと考えたときに、突然カークビーを思い出した。実にくだらないきっかけで思い出して購入したのだが、買ってよかった。

 

カークビーのベスト・アルバムには、DECCAの2枚組もあり、同時に購入したのだが未聴だ(なにしろまだバッハ大全集155枚組、ベートーヴェン大全集100枚組、オペラ50選集100枚組などなど未聴の山がある)。このハイペリオンのアルバムと異なった感想があればいずれ記事をアップしたい。

 

The Emma Kirkby Collection

Emma Kirkby, soprano

Hyperion CDA66227

2009年2月24日 (火)

「ことばの変化~進歩か乱れか?」ジーン・アイチソン

Langugae_change 著者はオックスフォード大学名誉教授。オックスフォード大学言語学科で入門用のテキストとしても使用されているが、専門的知識を前提としていないので、言語に関心のある一般人にも読みやすい(ただし和訳は出ていない)。

 

本書は、ことばが変化した実例をいくつか詳しくみたうえで、どうしてそういう変化が起きるのかを説明している。言語の変化には社会的な要因が大きいことを指摘している。例えば、上流階層が使うとされる言い方をより下層の人たちがまねしたり、逆に行儀が良くないとされる言い方をわざとまねしたりすることによって、言葉の変化が広がっていく。その他にも、音韻が順送り式にずれていく有名な現象ももちろん解説されている。

 

本書のタイトルになっている問いに対する答えは、言語学の世界では、「進歩でも乱れでもない。」ということになっている。言葉は常に変化するものなので、ある時代や地域の言葉を基準にして「正しい」とか「美しい」といった価値判断するのは学問的な態度ではない。

 

ことばの変化は、長期間かかって起きる現象であり、実験で確かめることはできない。そのためもあり、統一的に説明する理論はない。本書でもなぜ言語変化が起きるのかについては、いくつかの現象を説明するのにとどめている。

 

このように一般人に読みやすいスタイルで学問的な裏づけのある概説書が書かれていることを歓迎する。ことばは変化することも本質の一つであると思われるので、今後もこの分野の研究が進むことを期待する。

 

Language Change: Progress or Decay?

Jean Aitchison

Cambridge University Press

ISBN-10: 0521795354

2009年2月23日 (月)

なぜ政界に二世三世ばかりが増殖するのか

日経ビジネスオンラインの連載記事『衆院選「候補者A」かく闘わんとす』は、大変興味深い。

 

金融機関に勤めていた普通のサラリーマンが会社を辞めて衆議院議員への立候補を決めてからを描く現在進行中のドキュメンタリーだ。

 

これを読むといかに選挙に金がかかるかがよくわかる。まだ選挙の公示はされていないので、事前準備を続けているだけだが1年で数千万円の金が消えていく。解散・総選挙が遠のくにつれて出て行く金も増え続けている。自分の蓄えはとうに使い尽くして、今は年老いた親からの借金で陣営をやりくりしている。

 

もちろん当選できる保証はない。落選すれば借金を抱えてただの失業者になるだけだ。当選したとしても、多額の借金を抱えていることには変わらないので、返済するための資金繰りの苦労は続くだろう。

 

なぜ政界に二世三世ばかりが増殖するのかその理由の一端がわかった。こんなにもハイリスクなのにリターンも定かではない選挙に、普通の人間なら挑戦しないだろう。地盤・看板・カバンを親から受け継げる人間なら、リスクを大幅に軽減することができる。そうでなければとてもじゃないがやる気にはならない。いくら高邁な理想があったとしても、生活を重大な危機にさらすことはなかなかできるものではない。

 

国を会社に例えると、国会議員は取締役のようなものだ。会社の取締役は、仕事上の実績や公私の付き合いの中で人格識見を確かめたうえで候補者が選任される。ところが、国会議員は誰でも立候補することはできて、必ずしも候補者を良く知らない有権者が投票して決める。どこの馬の骨だかわからない人間に投票するくらいなら、二世三世の方が能力はともかく素性はわかっているだけまだましだ、と地元の後援組織は考えるわけだ。そして代々家業は政治家ですという人種が発生する。ただし、能力も人格識見も棚上げにして。

 

能力も人格識見を十分に見極めないで選ばれた取締役ばかりの会社がもしあったら早晩破綻するだろう。そして、日本国も...

2009年2月22日 (日)

春の訪れ

梅の花も咲き、先週末(214日~15日)は記録的な暖かさだったし、春の訪れを感じることが増えている。

 

うちでも春の兆しがはっきりと見えてきた。



Image011_3

チューリップの芽が出てきた。

 

Image013_3

テッポウユリも芽が出た。

 

 

Image012_2

ブルーベリーの花芽が膨らんできた。

2009年2月19日 (木)

アミノ酸飲料を過信するな

もはやブームが過ぎた商品だが、いっときアミノ酸の入った飲料が大々的に売り出されていた。

 

アミノ酸は大事な栄養素だ。筋肉、皮膚、内蔵など身体のほとんどの組織はたんぱく質からでてきており、たんぱく質の部品になるのがアミノ酸だからだ。したがって、清涼飲料などからもアミノ酸を取るのは結構なのだが、問題は含有量だ。(以下の議論ではアミノ酸量=たんぱく質量とみなす。)

 

スポーツ用を謳っているものでも、1本500mLあたりアミノ酸が1~3グラム(10003000mg)程度しか入っていないものが多い。そもそも、1グラムと表示すればよいものをわざわざ1000mgなどと表示するところにも少ないものを多く見せかけようとする魂胆を感じる。

 

第6次改定日本人の栄養所要量によると、1日あたり女性は55グラム/日、男性は70グラムのたんぱく質を取るべきだとされている。適切な栄養のある食事をしているなら、1食で20~30グラムのたんぱく質を取っていることになる。

 

これにくらべるとアミノ酸含有を謳っている飲料の含有量がいかに少ないかがわかるだろう。もちろん取らないよりは取ったほうがいいのだが、食事で取る量に比べればたいしたことはないのを知っておいたほうがよいのではないか。例えば、卵1個で12グラムのたんぱく質が含まれている。

 

筋肉を付けたいなどでアミノ酸を大量に取りたいなら、プロテインの方が安価で手軽だ。

2009年2月16日 (月)

恋愛とセックスのジレンマ

先日のNHKスペシャル「女と男」と、日経ビジネスオンラインの山極寿一インタビューでわかったことは次の2点だ。

 

・人間は、女と男が共同して子育てをするために恋愛という仕組みを持つようになった。人間の新生児は他の動物に比べて未熟で生まれてくるので、子育てが長期間にわたる。その間の食料の確保や外敵からの保護は女一人ではやっていけない。恋愛で長期間にわたる男女間の絆をつくることで共同して子育てをするのだ。

 

・人間以外の霊長類では、性交はコミュニケーションではない。性交をしたからといって雌雄間に特別な絆ができることはない。メスは一人で子育てをするからだ。

 

強いオスの子を妊娠することだけでいえば、チンパンジーのような乱交が効率が良い。しかし、人間が子育てに協力しないオスの子供を生むと育てられない可能性が高く、結局子孫を残す確率が低くなってしまう。

 

しかし、人間の中にも特定の異性と長期的な絆を築くことに熱意のない個体もいる。妻子を省みない男がいて、「人でなし」と言われるし、見境なく男と交わって「bitch(メス犬)」と呼ばれる女もいる。いずれも恋愛により男女の絆を育むことを身に着けていない点で人間らしくないので、これらの呼び名は正鵠を得ているといえよう。

2009年2月13日 (金)

わたりも変だが、退職金がもっと変だ

国家公務員が退職後特殊法人を渡り歩いてその都度高額の退職金を受け取る「わたり」を認めるかどうかで少し前まで国会がもめていたことは周知のとおり。

 

もちろん、税金を投入している特殊法人に数年勤めただけでまた次の特殊法人に転職して何度も退職金を受け取るというのは変だ。

 

だがもっと変なのは、たった数年しか務めていないのに、3000万円とか5000万円もの退職金を支払うことだろう。純然たる営利企業で、在任中に経営能力を発揮して会社を成長させた経営者ならこの程度の退職金を支払ったとしてもおかしくない。

 

しかし、役人が天下っている先はほとんどが公益法人か特殊法人であり、いずれも利益を目的としない団体だ。利益を目的としない団体に、利益を目的とする役人が天下って利益を手にするというのはやはりおかしいだろう。そういうおかしいことを黙認してきた歴代の国会議員たちは怠慢としかいいようがない。国政調査権は何のためにあるのか。

 

こういうお役人たちは、内心ではこんなことを考えているに違いない。

「東大の同級生で俺より頭の悪かった連中が都銀や損保、商社で高給を取っている。俺の方が優秀なんだから、生涯賃金では連中を上回るのは当然だ。」

 

こんなことを考えるような連中は公務に就かないでいただきたい。民間企業で働いて、自分が生み出した経済的付加価値の中から高い給与や賞与や退職金を受け取っていただきたい。高い社会的地位と安定性を約束された国家公務員に高給まで保証する必要はない。

2009年2月10日 (火)

Mozart Complete Edition~ピアノソナタ全集

240_ クララ・ヴュルツ(Klára Würz)はハンガリーのピアニスト。14歳でフランツ・リスト音楽院に入学した。1985年にイタリアのエットーレ・ポロッツィ・ピアノコンクールで優勝。1989年にリスト音楽院を卒業した。1991年から国際的に演奏家として活動している。現在、オランダ・ユトレヒト音楽院の教授を務めている。

 

で、演奏は、よく言えば暖かく、柔らかい演奏。悪く言うと、メリハリがなく、ノリの悪い演奏。私自身の感想は後者だ。

 

モーツァルトのピアノソナタ全集は、これまでピリスのDGの箱物(4775200)を聞いていたので、ヴュルツの演奏を聴いて同じ曲とは思えないほどの違和感があった。やはりモーツァルトは才気を感じさせる演奏がふさわしい。


Wolfgang Amadeus Mozart Complete Works

Volume 6: Keyboard Works

Klára Würz, piano

Brilliant Classics 92450

2009年2月 9日 (月)

「世界の言語入門」黒田龍之助

03035200 新書見開き2ページで1言語、合計90言語についてのエッセイ集である。もちろん2ページではいかなる言語についても包括的なことを述べることはできないし、著者もこれほど多数の言語が話せるわけではないので、著者がその言語について思うこと、知るところを自由につづったものだ。

 

90言語を通じて一貫しているのは、あらゆる言語について無差別であることと、未知の言語への好奇心だ。

 

言語学者ならば、言語に優劣がないことは知っている。しかし、現実には英語など政治・経済・文化において優勢な国の言語が研究対象となることが多い。有名なチョムスキーのユニバーサル・グラマー(普遍文法)理論は、その名称とはうらはらに英語を前提として組み立てられた理論だったりする(他の言語での検証も進められてはいるが)。

 

著者は、スラブ語という日本ではマイナーな言語を専門にしているため、日陰者のつらさを身をもって経験していると思われる。そのためか、優勢な言語に肩入れして勝ち馬に乗ることもなく、かといって劣勢な言語を無理に引き立てることもなく、あらゆる言語に淡々と、しかし、好奇心を持って接していることが持ち味だ。

 

新書という出版形態では、テーマを一つに絞って一般の読者向けにわかりやすく解説するものが多い。本書は極めて短いエッセイの集まりであり、新書としてはかなり珍しい。

 

外国語といえば英語とか、役に立つ外国語として中国語を学ぶとか、ともすれば私たちは先入観や世俗的な色眼鏡をもって外国語と接してしまいがちになる。世界中にいろんな言葉を使って生活している人たちがいることをたまには考えてみるのもよい。

2009年2月 8日 (日)

ソイプロテインとホエイプロテイン

ホエイプロテイン(牛乳からチーズを作った後に残る乳清が原料)の方が吸収が早くて効果が高いというので、ずっとホエイを使用していた。

 

しかし、最近の食料高の影響でホエイプロテインが値上がりしたことと、ソイプロテイン(大豆から油を絞ったかすが原料)は吸収は遅いがそれに留意した摂取の仕方をすれば効果は変わらないという説明も見たので、ソイに変えてみた。

 

ソイは水に溶けにくい。ホエイは少量の水でも溶解して透明な溶液になるが、ソイはただ混ざっているだけで混濁している。水の量が少ないとドロドロになってしまい、「飲む」というよりは「食べる」感じになる。レモン汁を混ぜるとドロドロになりにくく、さらさらの懸濁液になって飲みやすい。

 

風味は、ホエイはものによっては獣臭いことがある。ソイは、粉っぽいが、嫌なにおいがすることはない。慣れれば風味を添加しなくても飲める。

 

ソイは腹持ちがいいといわれることがある。上述のとおりホエイは溶液になるので、飲んだ後すっと下がって行ってしまう。ソイはしばらく胃の中にとどまっている感じがある。ただし、たんぱく質を取るだけでは血糖値が上がることはないので、充実した満腹感のようなものを感じるわけではない。あくまでもホエイに比べれば多少腹にとどまる時間が長い程度だ。

 

ホエイを取りすぎるとおならが臭くなる。ソイも取りすぎるとおならが出るが、ホエイのようなたちの悪い臭さはない。周囲の人に迷惑をかける度合いが低くてすむ。

 

そして筋肉肥大効果についてだが、効果がはっきりするほど追い込んだり、測定したりはしていないので、残念ながらわからない。かなり本格的にやっている人でもソイの愛用者がいるようなので、効果はあるのではないだろうか。アミノ酸スコアが100のたんぱく質であることには変わりない。

2009年2月 7日 (土)

オーバースペックの官僚がろくでもないことをする

厚生労働省が医薬品のネット販売の禁止に踏み切ってしまった。実害も出ていないのに、厚生労働官僚が天下った業界団体の既得権を守るために、多数の消費者のデメリットに目をつぶって規制強化を行ったものだ。

 

このような愚行が白日のもとに堂々とまかりとおるのには次のような構図がある。

 

1つは、官僚が天下り先の団体を確保しなければならないことだ。キャリア官僚(国家公務員Ⅰ種)は、定年まで勤めることは実際にはなく、それまでに後進に道を譲って再就職する。そこで問題になるのが再就職先だ。キャリア官僚は民間を馬鹿にしているので、原則として民間企業で従業員として勤務することはない。民間企業も頭が高いお役人様に来られても迷惑なので、雇う気はない。そのため、役人は各種の公益法人や特殊法人を作って、その役員に再就職する。これら団体には何かしら名目をでっちあげて税金を投入しているが、規制権限をちらつかせて企業からも上納金を巻き上げている。したがって、多少は資金を出している企業のためになる仕事をしているふりをする必要がある。今回のケースでは、実店舗で医薬品を販売している企業に対していい顔をしてみせたのだ。

 

2つめは、官僚が能力をもてあましていることだ。最近こそ国家公務員の人気にかげりが出ているが、かつては国家Ⅰ種はわが国でもっとも優秀な人材が争った職種である。英語でbest and brightestというやつだ。実際、高級官僚にはきわめて知的能力の高い人が多い。しかしながら、現在の官僚制度ができた明治時代ならともかく、現在の日本では、最優秀な人たちが寄ってたかって取り組まなければならないような困難な行政上の課題はあまりない。その結果、仕事の内容に比べてオーバースペックな人材が配置された状態になっている。

 

最優秀な人たちというのは、大変意欲的な人たちでもあるので、能力をもてあました状態でおとなしくしているということはない。何かしら仕事を作り出して、全力で取り組むのだ。取り組む対象が国民の観点から正しい目的であれば良いのだが、独善的な目的であれば、極端な部分最適になってしまい、国民全体としての福利厚生が阻害される結果になる。

 

役人の仕事はノーリスクだ。不景気で勤務先がつぶれることもない。仕事のやり方は法令で決まっている。本来、こういうノーリスクの仕事に最優秀な人材を充てる必要はない。

 

本当に一番難しい仕事は、市場経済の中にある。最先端の技術や商品を開発したり、先行きがどうなるか誰にもわからない中で舵を取ったりする仕事だ。市場経済の中で国富が創造されるのだから、最優秀な人材はその任に当たるべきなのだ。

 

最高学府を出た人たちがたくさん集まって、小さな既得権益を守るための無用な規制強化に血道をあげるなどまったく茶番だ。公務員制度改革によって、就職先としての国家公務員の魅力が下がれば、国民全体の利益につながるだろう。

2009年2月 4日 (水)

文学とは

文学とは、一般には小説、詩、文芸評論を総称して使われる。ところで、小説、詩、文芸評論って、学問じゃないよね。なのになぜ文「学」なのか?

 

音を手段とする芸術は音楽、色や形を手段とする芸術は美術、生身の人間全体を手段とする芸術は演劇、舞踊と呼ばれる。文学は、文章を手段とする芸術である。ならば、「学」を装うことなく、素直に文芸とすればよろしい。

 

ちなみに、文学のことを英語、ドイツ語はともにLiterature、フランス語ではLittérature

と呼んでいる。いずれも「学」に相当する成分は含んでいない。

 

以下は勝手な妄想だが、明治時代に欧米から学問を輸入したときに、法学、工学、理学、医学...と一緒に「文学」と、「学」の字でそろえたのではないだろうか。その後なぜか文学は、学問分野だけでなく、小説、詩、文芸評論といった実作品についてまで使われるようになってしまった。それに「学」の字を付けて文学者というと、なんだか小説家とか詩人より偉そうでもある。

 

文学作品を対象とする学問を文芸学と呼ぶこともあるようだが、一般化していない。文芸、文芸学の方が正確な言葉だ。不正確な用語でも広まってしまえばどうしようもない。

2009年2月 2日 (月)

仮性包茎が直った

Boxer 青少年を騙す通信販売の広告みたいなタイトルだが、嘘はない。

 

20代も終わりになってから仮性包茎が自然に治った。「自然に」とは言ってもきっかけはあった。

 

下着をブリーフからボクサーパンツに替えただけだ。それを直すのが目的でボクサーパンツにしたわけではない。ブリーフが流行遅れになったので、人前でパンツ姿になるときのことを考えて人並みの格好をしようとボクサーパンツに替えただけだ。

 

ブリーフだとあれはぴったりと身体に押し付けられるので安定する。ボクサーだとぶらぶらするので最初のうちは落ち着かなかった。そういう状態にも慣れて気にならなくなっていくうち、いつのまにか仮性包茎も直っていたのである。

 

どうやらブリーフで押し付けられていたときに、窮屈な中で包皮も伸ばされた状態になっていたようだ。それが自由に自然な状態でいられるようになって、のびのびと本来の姿をとることができるようになったらしい。

 

ブリーフの弊害としては、本来冷却のために睾丸は体外に出ているのに、身体に押し付けられた状態になり、冷却が不十分になるという話も聞いたことがある。

 

どうやらブリーフはシルエットが安定するというメリットはあるものの、不自然な衣服であるようだ。おさらばして良かった。

 

ただし、仮性包茎でも別に見かけだけの問題なら、ことさら直すために何かしようとする必要はないだろう。青少年は騙されてはいけない。

2009年2月 1日 (日)

お坊ちゃま秀才大臣の限界

Hatoyamak 日本郵政「かんぽの宿」70施設の一括譲渡額が約109億円とされていることに対し、鳩山邦夫総務大臣が「2400億円かけて作ったものが、100億円なんてバカなことはない」「安すぎる」と批判している。

 

不動産価格について、買い手が建設の原価を考慮して決めるなどということは通常ありえない。原価がどのこうのではなく、その不動産から得られる収益がいくらになるかによって買値は決まる。もし買い手が原価を斟酌して値段を決めたとしたら、経済的価値以外の主観的で不透明な評価が紛れ込んでいる。

 

「かんぽの宿」は元々国有財産であり、できるだけ高値で売却することが国民の財産を守る立場からは望ましい。しかし、理屈の立たない高値での売却をごり押しすれば、歪んだ構図が入り込んできてしまう。

 

すべてお膳立てができた時点になってから、どうして鳩山大臣が“ちゃぶ台ひっくり返し”に固執しているのか本当の理由がわからない。何か利権が絡んでの嫌がらせなのではないか。オリックスから自民党や鳩山邦夫代議士への政治献金がない(少ない)ことへの腹いせとか。

 

いずれにしても、理屈の通らない主張で「駄々をこねる」姿には、実務経験のないお坊ちゃま秀才の限界が見える。

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