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2009年3月25日 (水)

コルテオ Corteo - Cirque du Soleil

Corteo コルテオでシルク・ドゥ・ソレイユを初めて観た。

 

シルク・ドゥ・ソレイユは、曲芸を見せるだけものからよりアート志向の舞台を作り上げている団体という程度の予備知識で原宿に向かった。

 

コルテオでは、主人公が死の床で見る幻想というテーマで舞台が演出されている。綱渡りやジャグリング、空中ブランコなど伝統的なサーカスの芸も、ただそれをやってみせるのではなく、必ず舞台装置、衣装、美術、音楽による幻想的な演出で彩られている。曲芸以外の部分にも並々ならぬ費用、手間ひま、そして才能をつぎ込んでいることが誰の目にも明らかだ。

 

ただし、私の座席は舞台から遠く、演者の表情や微妙なあるいはダイナミックな動きの迫力が伝わって来にくかったためか、せっかくの凝った演出も曲芸と曲芸との間を間延びさせた印象を持ってしまった。音楽も生演奏だったらしいのだが、演奏者の姿も見えず、音質のよろしくないPAの音だけでは生演奏かどうか判然としなかった。

 

また、冒頭、「死の床」という、エンターテインメントとしては挑戦的ともいえるテーマが示されたので、全体を一貫したストーリーと意外性のある結末を期待した。しかし、幻想的なシーンを提示するためのきっかけ作りにとどまり、あえて縁起でもないオープニングを持ってきた必然性は感じられなかった。

 

少なくともA席の末席では6000円分の価値があったか疑問である。せっかく時間と金をかけて観るのならより真価のわかる席で見たほうがよい。

 

批判的なコメントが多くなってしまったが、普通のサーカスとして捉えれば、極めて難しいことをよく鍛錬された演者たちが熱演していたことは間違いない。サーカスをアートにしようという志への期待が高い故の批判的コメントである。

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