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2009年5月 9日 (土)

新潟県知事は超法規的な権限を持っているのか

このほど東京電力の柏崎刈羽原子力発電所がようやく運転を再開した。

 

法的には原子力安全・保安院が安全性を確認する権限を持っており、多数の専門家による審議を経て既に213日に安全を確認している。したがって、法律上はこれをもって運転を再開することができたのである。

 

ところが、東京電力が新潟県など地元自治体と締結している安全協定があるため、新潟県知事の了解を取り付けないと実際には運転を再開できなかった。泉田裕彦新潟県知事は、どういう条件が満たされれば運転再開を了承するのかを予め示すこともなく、3か月が経過してようやく先ごろ了承した。

 

法治国家であれば、自治体の首長が職権によって民間企業の営業を停止させるにあたっては、法的な根拠が必要である。ところが、安全協定は民事上の契約の体裁をとっており、また、運転再開の諾否を決める手続も定められておらず、法的な根拠とはいえない。

 

運転再開が遅れたために、おそらく何十億円という燃料費が余計にかかっただろうし(消費者が負担する)、地球温暖化の原因になるCO2も余計に排出されただろうし(日本国民全員が負担する)、東京電力の企業価値が損なわれただろう(株主が負担する)。

 

これだけの社会的コストを増大させる意思決定をする権限が、法的な根拠もなく泉田裕彦新潟県知事一人に与えられているというのはいったいどういうことなのか。

 

もちろん原子力発電所の安全を確保することは当然だ。であれば客観的な基準や手続に基づいて判断することが必要だろう。そして、それは既に法律で定められているのである。手続が重複することを「屋上屋を架す」というが、既にちゃんとした屋根があるのに、その上に小さくてボロボロの屋根を架しても何の意味もない。

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