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2009年11月 8日 (日)

生成文法への素朴な疑問

今日の言語学界では、米国のノーム・チョムスキーが開拓した生成文法(Generative Grammar)と呼ばれる学派が主流となっているようだ。

 

チョムスキーは、言語学を自然科学の一分野に位置づけることに情熱を燃やしてきた。彼によれば、言語学は、人文学ではなく、生物学の一分野である心理学・神経科学のさらに一分野になるべき学問であるという。言語学を自然科学にするためにチョムスキーは、言語現象を言葉で記述するのではなく、理論モデルや数式で表現する方法を開拓した。

 

自然科学を目指すという志は理解できなくはない。そのために言語の構造を関数で標記するのもいいだろう。しかし、実際の生成文法は、英文法の瑣末な議論ばかりしていて、人間が持つ普遍的な言語能力の科学的な解明が進んでいるとは思えない。

 

例えば、英語の平叙文では目的語は動詞の後に来る(例、I have a book.)のが、wh-疑問文(what, who, why, where, howで始まる疑問文。例、What do you have?)だと目的語に相当する疑問詞が文頭に移動するのはなぜかという議論をやっている。

 

このような現象はどの言語でも見られるわけではない。実際、日本語にはない(例、私は本を持っている。→あなたは何を持っていますか。で目的語と動詞との関係は不変。)。

 

それなのに、このwh-の移動のメカニズムを解明することが人間の言語能力の根本的の解明につながるという前提で研究がされている。驚くべき英語中心主義だ。これ以外にも英語だけを基にして極めて詳細で緻密な仮説を大量生産しているが、検証の方はまったくおろそかにされている。

 

そんな議論は英語が母語である人間だけで勝手にやっていれば良い。

 

ところが、日本人の生成文法学者までが一緒になってこんなことをやっている。英語だけの分析に基づいて作ったモデルを、たまたま自分の母語である日本語にだけあてはめてみても、モデルの妥当性の検証にはならない。いまだに輸入学問をやっているのは困ったものだ。

 

普遍的な理論の構築を目指すのであれば、いきなり英語という特定言語の各論に入るのではなく、まず多数の言語を調べて共通の性質を抽出し、それをモデル化するというアプローチを取るべきだ。それが自然科学的なアプローチではないか。実際、言語類型論(Typology)と呼ばれる言語学の分野では、このような方法論がとられている。

 

生成文法に代表される理論言語学に対比されるのは記述言語学である。記述言語学はフィールドワークなど大変な労力を要する学問なので、研究費もかからず机上で紙と鉛筆だけできる生成文法の研究に惹かれる学者が多いのはわかるような気はする。

 

生成文法がはじまって50年経った。生成文法は、きちんとした科学的な仮説検証を積み上げて、成果を出していかないと流行として終わるだろう。

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