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2010年1月

2010年1月28日 (木)

“ダサい”ANAのサービスこそ本物だ

日経ビジネスオンラインに元ANA客室乗務員の河合薫が書いたこの記事はサービスの本質をついている。

 

河合はANAが国際線に進出した当時客室乗務員だった人で、当時のANAの社風をダサくてウェットだった(そして、今もそうかも知れない)と表現している。しかし、これこそ本物の接客サービスを作り上げる道だ。

 

近頃もJALグループの国際線に乗る機会があったが、どうもJALグループのサービスは慇懃無礼でよくない。職員の人たちが不真面目なわけでは決してない。仕事に対して真面目に、そして誇りを持って取り組んでいることは感じる。しかし、台本に書いてあるとおりに演技を完璧にやってのけているだけなのだ。語られる言葉も、投げかけられる笑顔も、すべて作り物だ。本心から出たものでないことがバレている。

 

精度の高い緻密なマニュアルを作り、それを徹底して職員に仕込むというJALのやり方は、品質管理としては完璧だ。JALが工業製品を作る会社だったら、その品質は高く評価されただろう。しかし、JALはメーカーではない。

 

航空機を定時運行するというオペレーションの面だけなら品質管理的アプローチも必要だろうが、接客サービスは違う。接客業の素養が全くないばかりか、社会人としての基礎も出来ていない学生アルバイトを雇うコンビニやファミレスで、とりあえずお客からクレームが出ないレベルに引き上げるというような目的ならいざ知らず、客室乗務員になりたくてそのための勉強をしてきた、動機づけも能力も高い職員に対して、マニュアルで品質管理をしようという考えは志が低い。

 

確かに国際線に進出してしばらくの間、ANAはいかにも垢抜けない、素人くさいサービスをしていた。しかしそれでも、新しいサービスを自分たちで試行錯誤しながらも創り上げて行こうとしているひたむきさが感じられ、乗客として微笑ましいと思うことはあっても、不快感は持たなかった。

 

接客サービスで一番大切なのは、相手のために役立ちたいという気持ちを持っていることであって、言葉や動作はそこから派生してくるべきものだ。JALはこれが逆になっている。

 

最近の経営難にあって、JALの職員も手書きのメッセージカードを配ったりして、涙ぐましい努力をしている。そのような努力をすることは決して悪いことではないが、本来のサービスで本質を見失っていなかったか、振り返ってみてはどうか。余計な作業で職員が疲労して本来の仕事がおろそかにならないよう。

2010年1月27日 (水)

横暴以外の何物でもない「チャレンジ25キャンペーン」

先日、環境省の「チャレンジ25キャンペーン」のイメージキャラクターに選ばれたとか言って民放各社のお天気お姉さんたちが嬉しそうに小沢鋭仁環境大臣と一緒に記者発表に出ているのが報道されていた。不安定な身分のお天気お姉さんたちにしてみれば、政府から仕事をもらえて嬉しいのは想像に難くない。

 

お天気お姉さんたちは、民放各社の社員ではなく外部のタレントだから、イメージキャラクターを務めたからといって政府の方針を民放各社がただちに認めたことにはならないだろう。

 

しかし、自局のお天気お姉さんが環境省のキャンペーンに選ばれたという事実を自局の番組で紹介すれば、それは政府の片棒を担ぐ行為に極めて近い。民放各社はいつの間に「1990年比25%削減」を翼賛するようになったのか。25%削減の目標を支持するというのなら、まず隗より始めよで、自局のCO2排出量を直ちに25%削減してみせよ。

 

「チャレンジ25キャンペーン」のサイトを見てみると、何と「国民運動」という枕詞までついている。「1990年比25%削減」は、国会では議論されていない。民主党の中で勝手に言い出して、鳩山総理が勝手に国連で宣言しただけだ。こうした経緯を棚にあげて「国民運動」とは何だ! 勝手にやっている疚しさを隠すためにこういう無茶な枕詞を付けたとしか思えない。

 

去年の9月に25%削減を鳩山総理がぶちあげてから、環境問題の専門家の多くはその達成が極めて困難であることを指摘しつつ、政府に対してどのような方法で達成するつもりなのか具体的な道筋を示すべきだという意見を表明してきた。

 

それなのに、道筋を示すこともなく、勝手に「国民運動」を始めるなど、横暴としかいいようがない。「国民=民主党」ではないのだ。小沢鋭仁環境大臣という御仁は、同じ苗字の幹事長と同じく、独裁体質のようだ。

2010年1月23日 (土)

北朝鮮を連想させる独裁民主党の異様さ

小沢一郎幹事長が政治資金規正法違反の疑いで検察庁に調べられている件について、民主党の閣僚・議員らは、口々に検察庁やマスコミを批判したり、取調べの可視化を急に持ち出したりして、小沢一郎に対する批判や疑念を封じ込めようとあの手この手を繰り出している。

 

そもそも小沢一郎が自ら誰にでもわかるように疑惑について説明をしないから、間接情報を報道するしかない状況になっているのだ。それを棚に上げて情報のリークやマスコミを批判するのはお門違いだ。説明を渋る小沢一郎をまず批判するべきだ。

 

結局、小沢一郎が民主党のすべての権力を握っており、小沢一郎を批判すれば、民主党内で生きていけなくなるから、誰も表立って批判しないのだろう。それどころか、小沢一郎が窮地に立っているときに歓心を買おうとして、原口総務大臣などは頼まれもしないのにマスコミ批判をして墓穴を掘っている。まことに浅ましい根性だ。

 

いずれにしても、腫れ物に触るように、筋を曲げてでも権力者を守り、ご機嫌を取ろうとする態度は、北朝鮮の関係者の金正日に対する態度を連想させる。

 

このままいくと、民主党内だけでなく、国民も小沢一郎に対して批判のできない正真正銘の独裁国家になってしまうのではないか。

 

国民は、自民党に愛想をつかして民主党に投票したが、まさかこんな独裁体制になるとは夢想だにしていなかった。民主党内にも不満のマグマは溜まっているはずだ。自民党だけでなく、民主党も早く世代交代をしてもらいたい。

2010年1月17日 (日)

バッハ「ヴァイオリン協奏曲集」ヒラリー・ハーン(Vn)、ジェフリー・カハネ(指揮)、ロサンジェルス室内管弦楽団

Cd23 ドイツグラモフォン111周年記念セット(111 Years of Deutsche Grammophon: The Collector’s Edition55枚組)の1枚としてハーンを初めて聴いた。

 

若い女性ヴァイオリン奏者というと、何となく線の細い明るい音色をイメージしてしまうのだが、ハーンは全然ちがった。芯のしっかりした、やや暗めで、強い主張のある音だ。

 

そして、どんなに早いパッセージでも完璧に音が揃っているテクニックには驚いた。ネットで調べてみたら、ハーンは、まさに音型や跳躍によって音の出方が左右されないように、毎日バッハの無伴奏を弾いて自分のテクニックを維持し確認しているという。

 

ここでの協奏曲は、両端楽章が著しく速いテンポで演奏されている。このスピードにはついて来られない聴き手も多いだろう。しかし、ただ闇雲に速く弾いているわけではなく、そのスピードに負けない音楽表現をハーンはしてのけている。ちょうど、スピードを出してはいても、周りの状況を把握し、カーブではぎりぎり曲がれるスピードをわかっている車の運転のようだ。ただし、リラックスはさせてくれないので、聴き手は、乗れるか、振り落とされるかどちらかにはっきり分かれるだろう。

 

アメリカでは、他人に理解して欲しいことはすべて表現し尽くさなければならないという不文律がある。日本や欧州では、すべてを言わずに、あるいは直截な言い方はしないで、相手に察してもらうのと対照的だ。

 

ハーンの演奏は、このようなアメリカ的な表現に則っているように感じる。思わせぶりなところは全くなく、聴き手に伝えたいことはすべてはっきりとわかるように表現している。

 

その分、短期間のうちに何度も繰り返しCDを聴きたいとは思わないかもしれない。むしろ、この旺盛な表現力には、生演奏で触れて圧倒されてみたい。

 

 

Hilary Hahn, violin

Los Angeles Chamber Orchestra

Jeffrey Kahane, conductor

111 Years of Deutsche Grammophon: The Collector’s Edition

Detusche Grammophon 00289 477 8401

2010年1月16日 (土)

結局、金かよ

鳩山総理の政治資金規正法違反が贈与税の問題に矮小化されてうやむやになった後、今度は小沢幹事長の元秘書が複数(石川知裕衆院議員を含む)逮捕された。

 

政権交代は果たしたものの、汚い金まみれの人間が権力の座につく構図は全く変わっておらず、もう本当にうんざりだ。

 

現在の日本がおかれている状況からすると、国の指導者には、並外れた知性とリーダーシップを兼ね備えた、高潔な人物が必要だ。

 

しかし、現状を見ると、ただ資金源を持った、権力欲ばかりが並外れて強い人物だけがのし上がっているようにしか見えない。1億3000万人の日本国民の生活を守る使命感より、権力への欲求が遥かに強い人間が、金の力にモノを言わせて権力の座についている。

 

かつての自民党でも金がらみの疑惑で失脚した人物はたくさんいたが、現在の民主党では、党のナンバー1とナンバー2が揃いも揃って政治資金規正法違反だ。国民が権力を付託するべき与党の姿とは程遠い。民間企業ならとうの昔に顧客から愛想をつかされて倒産しているところだろう。

 

聖人君子が宰相になることを夢見ても虚しいので、百歩譲って現実論を考えてみよう。

 

権力の座を目指そうという人物なら、違法な行為を避ける周到さを持つべきだ。政治に金がかかるのは現実だ。しかし、それだからこそ政治資金規正法がある。法の制約の中でどうするのかをマネジメントする能力を欠いて、違法な領域に足を踏み入れてしまうような人物(=鳩山由紀夫であり、小沢一郎)は、そもそも国民のリーダーとしての資質が欠けている。鳩山総理についてはそれ以外の面でも能力が著しく欠けていることが明らかになっているが。

 

この状況下で、真にリーダーとしての資質のある人材を発掘して総理大臣候補にまで育て上げる仕組みを作り上げたとしたら、自民党に挽回のチャンスもあるだろう(まあ望み薄だが)。

 

しかし、本当になんとかならんのか、この国の政治は。

2010年1月15日 (金)

学生の就職ランキング~旅行業界の人気はどこまでの覚悟で?

学生の就職人気ランキングをみると、文系女子大学生の間ではいまだにJTBなどの旅行代理店の人気が高いようだ。誰がどんな業界を希望しようと自由だが、その業界の実態を知った上でのことなのだろうかと、他人事ながら心配になってしまう。

 

旅行代理店業界は、航空券やホテルなどがネットによる直接販売にシフトする中で、業績が悪化の一途をたどっている。それに輪をかけて不景気が影を落としている。先日も近畿日本ツーリストが50店舗を閉鎖するとの報道があった。

 

もちろん、旅行という人生の大きな楽しみを提供する業界に憧れる気持ちはわからないではない。それにもし厳しい業界に苦労を覚悟で飛び込むという勇気があっての志望ならば賞賛するにやぶさかでない。が、多数の学生が前途多難な業界をあえて志望しているとも思えない。

 

彼女たちが無用な挫折をしないために、よく世の中の動きや企業のおかれている状況を勉強して就職活動に臨むことを祈るのみだ。

2010年1月14日 (木)

ベートーヴェン「交響曲全集」クルト・マズア指揮 ゲヴァントハウス管弦楽団(1972~1974)

Masur Brilliant ClassicsLudwig van Beethoven Complete Works100枚組)の最初を飾る交響曲全集は、まだ40代だったマズアが音楽監督に就任してほどなく録音したライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団との演奏だ。

 

よく考えてみると、オーケストラ中心にクラシックのCD1000枚は持っている私だが、何とゲヴァントハウス管弦楽団のものはこれが初めてだった。生はもちろん、放送でもちゃんと聴いた記憶がないので、ゲヴァントハウス管弦楽団初体験である。

 

なぜゲヴァントハウス管弦楽団を聴かなかったのかというと、おそらくこれまでにどこかで読んだ演奏批評で、「東ドイツらしい重厚な音色」とか「いぶし銀のような渋い響き」というような決まり文句のイメージが刷り込まれていて、「洗練されていない」、「地味」だと思い込んでいたからだろう。

 

それで今回もあまり期待せずに、しかし、せっかく購入したベートーヴェン全集なので順番に100枚全部聞いてやろうと、聴き始めた1枚目だった。そして、「ん? このオーケストラの音色、軽やかできれいじゃん!」となったのだ。

 

よく言われるようにドイツらしく低弦はしっかりしているのだが、だからといって弦全体が地味な響きでは全然なく、全体として透明感のある、そよ風を身に受けているときのような爽やかさがあるのだ。低音がしっかりしているからこそ、高音が軽い響きでも音楽全体が軽薄にならない。音色が美しいだけではなく、演奏もベートーヴェンを心から楽しんでいる雰囲気が強く伝わってくる。

 

3番など正直食傷気味で、カラヤンの演奏を聞いていると退屈してくるのだが、このマズアとゲヴァントハウスの演奏なら、演奏家たちと気持ちを通わせるような気分で楽しむことができた。マズアのいかめしいひげ面の肖像写真からは想像もつかない、しなやかで、みずみずしく、心おどる演奏だ。

 

とにかく、このマズア指揮ゲヴァントハウス管弦楽団は盲点だった。もしクラシック初心者がベートーヴェンの交響曲全集を推薦してほしいと言ってきたら、ためらうことなくこれを勧めるだろう。

 

Beethoven: Symphonies

Kurt Masur

Gewanthausorchester Leipzig

 

Ludwig van Beethoven Complete Works

Brilliant Classics 93553

 

交響曲全集だけの国内盤

ビクターエンタテインメント VICC60571

2010年1月13日 (水)

環境負荷を高めるコンパクト洗剤の“コンパクト”化

花王の「アタック」に代表される衣料用コンパクト洗剤(もう当たり前になってしまってあえて「コンパクト」と言わなくなったかもしれないが)は、当初1箱あたり1.2kg入だった。

 

ところが、いつの頃からかスーパーなどで特売の目玉商品となってぎりぎりの安売りが常態化してしまい、メーカーは利益が出なくなった。本来なら、実売価格をもとに戻したいところだが、既に消費者には特売価格が値ごろ感として根づいてしまい、値上げはできない。そこで、実質値上げとして、1.2kg入を1.1kg入にした。

 

その後も目玉商品としてのステータスは変わらず、実売価格は下がる一方だ。そこで、さらなる実質値上げとして、去年あたりから1.1kg入が1.0kg入になったのだ。

 

ここで問題がある。内容量が減ると、相対的に容器や計量スプーンに使われる資源の量が多くなってくる。1.2kg入が1.0kg入になっても、箱に使われる材料の量は同じ割合で減るわけではないだろうし、スプーンは全く減らない。同じ洗剤の量あたりでは容器などの量が増えるのだ。

 

これは当然価格にも跳ね返ってくるし、使われる資源の量が増えることにもなる。消費者は、箱やスプーンが欲しくて洗剤を買うのではない。ところが、洗剤を買うためには、どうしても付随して容器やスプーンは必要になってくるという性質のものだ。そのために資源が浪費され、回りまわって環境負荷が高くなる。

 

そもそもティッシュペーパーや衣料用洗剤の「実施値上げ」は姑息な手段だし、消費者ももっと賢くなって目先の値札につられないようになるべきだ。

 

メーカーも窮余の一策でこういうセコいことをするのではなく、逆に、2kg入とか3kg入とか大きくしてスケールメリットで安い商品を出したらどうか。それなら同じ量の洗剤あたりの容器やスプーンは少なくてすむ。価格にも反映できるだろうし、資源の浪費も防げて、三方一両得ではないか。

2010年1月12日 (火)

法的整理になる日本航空の再建で責任を取らない連中

報道によると、紆余曲折のすえ、日本航空の再建は法的整理で行われることになったようだ。

 

大幅な債務超過企業の再建にあたっては法的整理を行うのは最も筋の通ったやりかただ。日航だからといって特別扱いをしては規律を失うことになり、後世に大きな禍根を残すことになるところだった。

 

法的整理になれば、当然、株主も債権者もかなりの損失を負担することになる。100%減資になるだろうから、株券はすべて紙くずになる。債権者である金融機関も大幅な債務のカットを受け入れざるを得なくなるだろう。しかし、甘い経営をしていた日航に株主・債権者として適切なガバナンスをすることなく投融資した責任だ。仕方ない。

 

その一方で、日航のステークホルダーのうち、責任に伴う負担をしていない連中がいる。その一方は政治家で、もう一方は国交省の役人だ。

 

政治家たちは、選挙の票ほしさに政治力を行使して、国には自分の選挙区に空港を作らせ日航には路線を開設させた。その経済的負担は税金と日航に押し付けたのだ。

 

国交省(旧運輸省)の役人たちは、政治家たちのわがままに便乗しながら、採算性や経済性を度外視して航空行政を肥大化させ、自分たちの権力を広げ、天下り先を増やしてきた。

 

もちろん、日航の経営陣も、フラッグキャリアとして規制に守られた中で、真の顧客ニーズを探る努力もせず、責任を政治家や役人が負うことを暗黙の前提としてコスト意識なしに事業運営をやってきた。

 

そうした一切合切のつけが日航の経営破綻なのだ。

 

再建にあたっては、株主・債権者・経営者・従業員・OBは身を切らされる。政治家と役人はどう落とし前をつけるのか。

2010年1月11日 (月)

フィリップスの電気カミソリHQ8261

Philips 昨年末に電気カミソリを買い換えた。数年毎に買い替えながらもう20年近くフィリップスのものを使い続けている。

 

剃り味だけならパナソニックなども良いことは知っているのだが、カミソリ負けしてしまうことがあり、フィリップスがちょうどいいと判断している。

 

これまで使っていたのはHQ8140。使ってきた歴代のフィリップス・シェーバーの中では、この機種が一番良くなかった。深剃りが利かず、剃った直後でもざらつきがある。くせヒゲに弱く、あごの下に剃り残しが多い。本体が軽くなったのだが、却って力が入れにくかった。

 

こんなに不満があったのだが、せっかく1万円ほど出して買ったものをすぐに捨てるわけにもいかず、2年間ほど我慢して使っていたのだ。そろそろ償却したと考えて家電量販店を物色してみると、HQ8261が安くなっていたので、買い換えることにした。

 

HQ826110日間ほど使ってみた感想としては、上記HQ8140の不満がすべて解消された。剃ったあとの肌のざらつきがなくなり、あごの下のくせヒゲも剃れている。本体は重くなったが、独特の流線型のフォルムに沿って握った手に力が入れやすい。しかも、剃ったあとの肌への刺激が少ない。まだ電池が放電するところまでは使っていないが、仕様によると17日間持つとのことで、これも進歩している。

 

剃り残しが多いわりに肌への負担が大きかったHQ8140はいったいなんだったんだ! おそらくフィリップスとしては失敗作だったと思われる。

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