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2010年2月

2010年2月21日 (日)

信用できない人間が「私を信じて」と言う

鳩山総理が20091113日のオバマ大統領との初会談で、普天間基地の移設問題に関し現行案の方向での解決に期待を持たせて「Trust me.」と言ったのに、直後の14日に前言を翻して米国側の信頼を失ったことは周知のとおりである。

 

もちろん、首脳会談での発言は一語一語が極めて重いものであり、舌の根が乾かないうちに発言を翻したりしてはいけないことは言うまでもない。しかし、それ以前の問題として、一国の宰相ともあろう人物が、「Trust me.」という発言をすること自体がおかしい。

 

ある人物が信頼に足りるかどうかは、物腰、表情、そして、言動の一貫性や説明の具体性によってわかるものだ。というか、それによってしか信頼は得られない。「信頼してください。」と言葉に出してお願いしなきゃならない時点で、既にその人物は信頼に足りる言動ができていないことを示している。

 

おそらく鳩山総理がオバマ大統領と会談した際、どのように普天間基地移設問題の解決に筋道をつけるか、自信ある態度を示すとか、具体的で説得力のあるプロセスを説明するとかができなかったのだろう。だから窮余の策として「Trust me.」と言うしかなかった。

 

一国の宰相にここまで言われてしまうと、オバマ大統領としても内心「こいつは信用できそうもないな。」と思っていたとしても、「I don’t think you are trustworthy.」とは言えないので、形式上、にっこりわらって握手をせざるを得ない。

 

ところが悪い予感が的中してやっぱり1夜明けたら全然違うことを言っている。きっとオバマ大統領はこれを聞いた時、椅子から転げ落ちたことだろう。

 

いずれにせよ、「私を信用してください」という人間を信用してはいけない。良くていい加減な人間、悪ければ詐欺師だろうから。

2010年2月19日 (金)

大人とガキの違い

メダルを取ることもなく試合が終わったので、急速に人々の記憶から忘れられていくだろうが、バンクーバーオリンピックのスノーボード国母和宏選手が、支給された日本代表団ユニフォームを着くずしたうえ、謝罪の会見で「反省してま~す」とおちょくった発言をした問題の所感である。

 

結論からいうと、国母和宏くんが「ガキ」だということだ。大人とガキの違いは、大人は他人の期待に応えるためやりたくないことでも我慢してやるのに対し、ガキは自分がやりたいことしかやらない、やりたくないことはやらない、ことにある。

 

国母くんは、他人にどう思われようと、自分が着たいようにユニフォームを着た。それによって日本選手団への期待を裏切られた人々は批判したのだが、国母くんは自分がやりたくないことをどうしてやらなくてはいけないのか理解できなかったので、まったく心のこもらない「反省してま~す」発言をしたわけだ。

 

一般に人は、他人の期待に応えることで、お金を稼いだり、友人を作ったり、家族を作ったりする。生活していくうえでは、お金や友人や家族はとても大切なので、それを得る術として、自分がやりたいことを我慢しても他人の期待に応えるようしつけられるのだ。

 

天才的な芸術家やスポーツ選手の中には、やりたいようにだけやって名声や金を手にしているように見える人もいるが、多分、実際はそうではない。それは、凡人とは違った言動をわざとしてみせることで、天才を求める人々の期待に応えているのだ。

 

国母くんももし金メダルをとっていれば、実力を伴った独自のスタイルを持つ天才として自分を世間の人々に受け入れさせることができたかもしれない。しかし、取れなかった以上、しばらくは大人になるのが得策だろう。

2010年2月 8日 (月)

サントリーとキリンの経営統合が破談に

サントリーとキリンそれぞれの持株会社間で行われていた経営統合に向けた交渉が決裂した。

 

この結果を予測していたとは言わないが、最初に経営統合が報道されたときに感じたのは、長年非公開のオーナー企業としてやってきたサントリーがよくぞ上場企業との統合を決断したなというものだった。

 

オーナー企業では、オーナー=経営者はどんなリスクでも自分の決断で取ることができる。会社を潰さない限り、誰からも責任を追求されることはない。その権限の範囲の大きさは上場企業の雇われ経営者とは天地ほどの開きがある。

 

今回の経営統合交渉が決裂した原因は、株式の交換比率で合意できなかったことと、サントリー創業家が特別な権限を要求したことで溝が埋まらなかったことだという。

 

結局、サントリーのオーナーは、上場企業と統合してその株主になることの意味がわかっていなかった。その意味がわかったうえでキリンとの経営統合を目指したのではなかったわけだ。

 

あれほど手広く商売をやっているサントリーといえども、非公開企業の悲しさか、上場企業の株主や経営者に求められる透明性や客観性がどれほどのものなのかについては無知だったということだ。やはりボンボンは世間知らずだということか。

2010年2月 7日 (日)

バッハ「コーヒー・カンタータ/農民カンタータ」マティス(ソプラノ)、シュライヤー(テノール、指揮)、アダム(バス)、ベルリン室内管弦楽団

Brilliant Classicsの激安ボックス「Bach Edition – Complete Works 155 CD Box」(バッハ全集)を何か月もかけてリッピング中だ。その作業を黙々とやっていたところ、世俗カンタータが何とペーター・シュライヤーが指揮した元アルヒーフの音源であることを発見した。

 

この箱入り全集は155枚組を40ユーロほどで入手したので文句は言えないが、必ずしも超一流の演奏が揃っているとは言い難い。その中にあってシュライヤーの世俗カンタータは、1970年代にアルヒーフが制作した、レベルの高い声楽陣を揃えた模範的な演奏だ。

 

バッハの演奏はピリオド楽器でするのが当然になってしまった21世紀では、モダン楽器の演奏は隅に追いやられているようで、この演奏もアルヒーフは他社に版権を売却してしまったようで、長年見かけなかった。

 

教会カンタータがバッハの重要な作品分野であることは薄々知りつつも、かつて宗教音楽は敷居が高く感じていたので、同じ「カンタータ」でもこっちの方が楽しそうだと思ったのと、ソプラノのマティスの清澄な声も好きだったことので、「コーヒー・カンタータ/農民カンタータ」のLPをその昔に買ったのだった。LPプレーヤーを手放して以降、20年間この演奏を耳にすることはなかった。

 

この機会に「コーヒー・カンタータ/農民カンタータ」以外の世俗カンタータにもシュライヤー達の演奏でなじむことができるのを楽しみにしている(リッピングしたデータも大量にたまっており、実際に聞くのはまだ先になりそうだ)。

 

 

Weitliche Kantaten

Edthi Mathis, Soprano

Peter Schreier, Tenor

Theo Adam, Bass

Kammerorchester Berlin

Peter Schreier, Conductor

Bach Edition

Brilliant Classics

93102

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