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2010年5月

2010年5月19日 (水)

アタリ屋・三宅雪子…民主党は上から下までみんな腐っている

ひどいね…これ 。明らかにわざと自分で転んでるし、パフォーマンスのために必要もないのに車椅子・松葉杖を使っている。

 

さすがに元アナウンサーだけあって、マスコミの注目を引く方法はよくわかっている。しかし、魂胆がすぐにバレてるし、言い訳もヘタクソだ。

 

それにしても、党首は脱税、幹事長は政治資金規正法違反、陣笠の小沢ガールはアタリ屋と、民主党っていったい何なの? 選挙に当選して権力を手にするすることだけが目的っていうのが見え見えなんだよ。いい加減にしろ!

2010年5月17日 (月)

「傷はぜったい消毒するな-生態系としての皮膚の科学」夏井睦

Photo_2 長く愛読しているサイト「新しい創傷治療」の開設者である夏井睦医師による一般向けの著書だ。

 

1・2章は夏井氏が提唱してきた傷の湿潤治療の具体的な説明、3~9章はなぜ「消毒して乾かす」という科学的な根拠がなくむしろ傷を悪化させてしまう治療法が広く行われているのか医学界の内情をバラし、10・11章は生物学の根本に立ち返って湿潤治療の原理につながる生物の成り立ちを深く考察している。

 

湿潤治療のやり方を知りたいだけなら1・2章だけを読めば十分(というか、「新しい創傷治療」のサイトを見れば十分)だが、湿潤療法が理にかなっており患者が求める治療方法であるにも関わらず同僚医師や医学界から理不尽にも爪弾きにされてきた夏井医師がその恨み(?)をパラダイムの枠組みにまで昇華しただけでなく、生物の進化にまで立ち返って自らの理論を検証しようとする3章以降も知的好奇心を刺激する読み物として高い価値がある。

 

熱傷学会、褥瘡学会、大学病院に真正面から喧嘩を売っている9章は特に迫力がある。自分自身での人体実験を含め、多数の症例で湿潤療法の効果は実証されているにも関わらず、認めようとしない旧体制の面々に対する著者の決然とした態度はステキだ。

 

本書にいくつも具体例があるように、日本に限らず旧体制の人間が生きている間にはパラダイムの転換は起きないようだが、日本は「和を以て貴しとな」し、「幼長の序」を重んじるあまり、意見を自由に言ったり、オープンに議論を戦わせるといったことがとてもやりにくい社会である。

 

何が正しくて何が間違っているのかがはっきりしている場合には師の教えを一字一句暗記するだけで良いが、世の中におよそ絶対的な真理として間違いないことはとても少ない。どんな偉大な師であっても、もしかしたら間違っているのではないか、もしかしたらもっと良い方法があるのではないか、という真理の前での謙虚さは失ってはならない。

 

本書に対する、熱傷学会、褥瘡学会、大学教授からの科学的な反論があればぜひ読んでみたいものだ。

2010年5月16日 (日)

問題なコマーシャル

ジョンソンの「カビキラー・除菌@キッチン・アルコール除菌」のテレビコマーシャルは問題だ。

 

濡れたふきんで食卓を拭くという当たり前の行為について、「雑菌を塗り広げているので危険」と断じ、「アルコール除菌が必要」だと決めつけている。

 

濡れたふきんに雑菌がいるのは事実だが、だからといって、それであちこちで伝染病が発生して病人や死人が多数出ているわけではない。人類は何百年も昔からふきんを濡らして食卓を拭くという行為を行ってきている。もしそのために病人が多発しているのなら、とっくの昔にそんなことはやめているだろう。雑菌のうち、病原性があるものはごく一部に過ぎないし、それが食卓のうえで増殖するわけでもない。

 

そもそも空気中でも、人間の体の中にでも、雑菌はいくらでもいるのであって、無菌状態にする必要はない。というか、無菌状態を維持することは不可能だ。仮に食卓をアルコールで拭いたとしても、アルコールが蒸発乾燥した瞬間から空気中の雑菌が次々に食卓の上に降り注いでくる。

 

また、ジョンソンのWebサイトを見てみると、「ウイルスにも効果的」と謳っている。しかし、胃腸炎を起こす感染性のノロウイルスは、アルコールでは死なない。もし家族がノロウイルスに感染している人が、この謳い文句を信じてこの商品でウイルスを防除したつもりになっていたら、家族全員がウイルス性胃腸炎で倒れる結果になるかもしれない。

 

したがって、ジョンソンのコマーシャルで言っていることは、嘘と脅迫なのである。ふきんは、頻繁に洗濯してよく乾かしてから使用すれば問題ない。無駄な商品を買わされないように気をつけよう。嘘と脅迫で商品を売ろうとするジョンソンという会社の辞書には企業倫理という言葉は載っていないようだ。

 

この例に限らず、衛生関連の商品は、無視しても良いリスクを針小棒大に言いふらして恐怖を煽り、不要な商品を買わせようとするものが多い。常識に照らして判断するようにしたいものだ。

2010年5月 1日 (土)

読売日本交響楽団 シルヴァン・カンブルラン 第9代常任指揮者 就任披露演奏会

2010年5月1日 サントリーホール

 

フランス出身のカンブルラン(難しい名前だ)が読響の常任指揮者に就任しての初仕事シリーズのうちの1回。バルトーク、モーツァルト、ストラヴィンスキーという意欲的なプログラムのお買い得感につられて聴きに行った。

 

バルトークは、読響から色彩豊かな響きを引き出そうとしてある程度成功していたと思うが、いかんせん曲が地味なため、デモンストレーションには不向きだったのではないだろうか。オケコン、弦チェレ、ヴァイオリン協奏曲など、バルトークには好きな曲も多いのだが、「二つの映像」はちょっと魅力がわかりにくい。玄人好みのプログラミングだろう。

 

この日一番の名演はモーツァルトの「ジュピター」だった。第1楽章の始めからテンポを動かしたりして個性を発揮したが、ちょっと作為的にも感じられてどうなることかと思った。しかし、読響の弦楽セクションから極めて透明で軽い音色を引き出し、天国的な明るさを表現していた。特に第4楽章は表情に富んでおり、モーツァルト晩年の堂々たる傑作の真価を十分に堪能させてもらった。聴衆もこの演奏で一気に盛り上がりをみせた。

 

「春の祭典」は、オケの各パートの音が埋没せず、くっきりと聞こえる明快さが特長。このあたりは師匠ブーレーズの流儀を受け継いているのかもしれない。読響はリズム感のある、ダイナミクスの大きい演奏で指揮に応え、大編成オケの生演奏を聴く醍醐味を味わうことができた。ただし、比較的静かな部分はやや一本調子のように感じられることがあった。

 

アンコールでは、ストラヴィンスキーの「サーカスポルカ」を切れ味のある演奏で好演した。この曲は初めて聞いたが、ポルカをキュビズム風のパロディにしたもので、最後の方にはなぜかシューベルトの軍隊行進曲まで引用されていて、面白かった。

 

バルトーク: 二つの映像 作品10

モーツァルト: 交響曲41番 K.551

ストラヴィンスキー: 春の祭典

シルヴァン・カンブルラン指揮

読売日本交響楽団

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