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2013年9月

2013年9月 7日 (土)

チェリビダッケはハーモニーである

2011年の冬ごろにたくさん出たEMIのチェリビダッケ・エディションの箱モノを最近聴いていた。未聴の箱モノが山積していて、購入してから聴くまでに2年近くかかってしまったのだが。

チェリビダッケの演奏のテンポが異常に遅いことはよく知られている。一般に演奏家は年齢を重ねるにつれてテンポが遅くなる傾向があるといわれている。おそらく加齢に伴って体内時計がゆっくりになるためなのだろう。

しかし、晩年のチェリビダッケの演奏は、他の高齢の指揮者に比べても明らかにテンポが遅い。体内時計がゆっくりになっただけでは説明がつかない。チェリビダッケは明確な意図をもってゆっくりと演奏したと考えるべきだろう。

以前、ブルックナー交響曲8番のCDを聞いて、森の木の一本一本をじっくりと見ながら歩くような演奏だと感じたことがあった。

今回、さまざまな作曲家の交響曲、管弦楽曲をチェリビダッケの演奏で聴いて強く感じたのは、ハーモニーをきわめて細かく彫琢していることだ。チェリビダッケは、スコアに縦にならんだ音符のそれぞれをどのような音量・音色で鳴らすかを尋常ならざる細かさで指示しているように聞こえた。

通常、ハーモニーはメロディーに付随するもので、メロディー=主、ハーモニー=従のような関係にあると思う(少なくともロマン派までの音楽では)。したがって、演奏に当たってはまずメロディーを歌わせることが一義的であり、ハーモニーはそのメロディーにニュアンスや色彩を加える従属的な役割だろう。

しかし、チェリビダッケは、縦のハーモニーを自らが考える理想のバランスで鳴らすことを一義とし、メロディーが歌っているかどうかや、リズムが生き生きとしているかどうかは、極論すればそっちのけにしている。ハーモニーの理想を追求するために、メロディーとテンポを犠牲にしたのだ。

したがって、連なるハーモニーから全く新しい魅力を引き出している演奏も多々ある一方で、ベートーヴェンの交響曲7番など、リズムにこそ魅力の神髄がある作品では、ちょっと考えられないようなヘンテコな演奏になってしまっている。

以上が、なぜチェリビダッケの演奏は異常に遅いのかを私が勝手に考えた理由である。

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