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書籍・雑誌

2009年5月15日 (金)

ちくま日本文学006「寺山修司」

Terayama 寺山修司の名前と風貌はずいぶん昔から知っている。そして、話し方もタモリの物まねで。「さらば箱舟」と「毛皮のマリー」は1回ずつ見た。しかし、著作をきちんと読んだことがなかった。20世紀後半中葉の日本に確かな存在感を発揮していた寺山修司をいつかは読まねばと思っていたところ、文庫版の選集である「ちくま日本文学」で出ていたのでこれ幸いと購入した。

 

これを読み通すと、寺山修司の作品テーマはいくつかに集約されるようだ。少年期の両親の不在と戻ってきた母親の束縛(それからいかに逃れるか)。東京へのきわめて強い憧れ。そして、社会の隅っこで飲む・打つ・買うといった日々の誘惑に負けながらもしぶとく生きる人々。

 

読む前の勝手な想像では、もっとひたすら現実、事実、具体的生活そのものに寄り添った作品が多いのかと思っていたが、理屈っぽく欧米の著作に言及したりしていたのは意外だった。そういえば、「さらば箱舟」は結構観念的な映画だったのを思い出した。

 

昭和10年に生まれ、昭和54年に死去しているので、寺山はまったく昭和時代そのものの生涯を送ったわけだ。戦争で父を失い、不遇な境遇で戦後の混乱期に思春期を過ごしながらも、文学の才能で頭角を現し、世相が高度成長で浮かれるようになっても自分を見失うことはなかった。

 

あまりにも昭和という時代の申し子であるがゆえに、もしかしたら時代が移り変わる中でいつか忘れられてしまうかもしれない。しかし、昭和を知っている世代にとっては確かな存在感のある人物である。

2009年5月 6日 (水)

「できそこないの男たち」福岡伸一(続)

03046516 本書のテーマは人間の男と女の関係を考えるうえで大いに刺激を与えてくれた。本書の結論部を要約するとだいたい次のようになる。

 

本来、生物はメスだけで(無性生殖で)世代を受け継いで生き延びてきた。しかし、違う個体同士が遺伝子を交換して、若干のバリエーションを作り出すと、環境の変化に耐えて生き延びるのに有用である。そのため、あるメスの遺伝子を他のメスに運ぶための運び屋としてオスができた。

 

オスはメスの身体を作り変えることによって生み出されたため、若干の不都合や不具合が残ったままになっている。メスに比べて精神的・身体的に弱いのはこのためである。

 

では今日、オスが世界を支配しているように見えるのはなぜなのか。著者の仮説は、「メスが欲張りすぎたため」である。

 

オスは他のメス(そのオスの母親)の遺伝子を運びさえすればそこで役割は終わりだった。子育てはメスがひとりでするか、卵を生みっぱなしで運命に任せるかのいずれかだ。ところが、子育てにオスを活用するメスが現れた。巣を作る、餌を取ってくる、メスや子供を守る、など。これに味を占めたメスは、オスの役割をどんどん大きくしていったというわけである。

 

人間の場合、オスの役割が大きくなりすぎて、本来メスの使いっ走りだったはずのオスの方が社会のいろいろな面を支配するようになってしまった。オスは体力が劣っていたのだが、餌取りや巣作りなどをするようになった結果、筋力など短期的な体力ではオスが勝るようになった。また、餌取りのための狩猟の効率をよくするために、新しい道具を作り出したり組織を作って運営したりすることが得意になった。

 

この仮説が正しいとすると、メスの復権のためには逆をやればいいことになる。

 

オスには遺伝子を運んでくること以外の役割をさせない。その用が済んだらさっさと追い払う。巣作り、餌取り、子育てなどはすべてメスだけでやる。

 

これはアマゾネス伝説そのものだ。となると、アマゾネス伝説もあながち空想の物語ではなく、理論的にはありうる社会形態なのかもしれない。ただ、オスにやってもらっていることを全部メスがやらなくてはならないので、大変は大変だ。それなりの覚悟がいる。

 

役割が大幅に縮小したオスたちが、必要とされる場面以外の人生をどう過ごすのか、そちらの方にも想像を膨らませてみると面白いかもしれない。

(前回の記事はこちら

2009年3月26日 (木)

「できそこないの男たち」福岡伸一

03046516 「生物と無生物のあいだ」 (講談社現代新書)がヒットした福岡伸一の新書の最新刊である(といっても去年の10月だが)

 

れっきとした科学者でここまでストーリーテリングの上手な日本人著者を私は知らない。「生物と無生物のあいだ」では違和感なくその才能を楽しんだ。

 

本書も最初から最後まで一気に読ませる力はあるものの、若干、話しの流れに不自然な箇所があったように感じた。

 

動物が生殖するうえでオスは絶対に必要なものではないことを説明するために、通常はメスだけで繁殖するアリマキ(アブラムシ)を証拠として挙げている。アリマキの話は本書の根幹であるテーマを証明するために鍵になる例である。

 

しかし、アリマキから人間まで一足飛びに話がつながっているのにはやや勇み足の印象を持った。生物学の専門的知識を持っていれば勇み足ではないことがわかるのかもしれないが、アリマキと人間とが無理なくつながることをもう少し説明してほしかった。

 

さらに、男性のがんの罹患率が高いことを男性の弱さの実例として挙げている。これもまた、なぜ男性のがんの罹患率が高いのを説明するメカニズムが仮説にとどまっているために、やはり結論を急いでいる印象を与える。

 

本書のタイトルでもある「できそこないの男たち」というコンセプトは、個人的な直感とも合致しており、異論はない。それだけに中心的なテーマについてはロジックに隙があるかのような印象を与えないように丁寧に論じて欲しかった。

2009年3月18日 (水)

「大人の見識」阿川弘之

02940915 親族が貸してくれたので読んでみた。

 

第二次大戦前後の時代の今日省みられることのない人々やエピソードから次世代に残したい「見識」を語ったもの。

 

良いことも言っているとは思うのだが、口述筆記と思われる作りのため年寄り臭い語り口がそのままになっていて、どうも素直に入っていきにくいし、読後感がいまいち爽やかでない。

 

著者は90歳近い年齢で年寄りなのは事実だから、年寄り臭くてもまったく不思議はないのだが、1冊の本としてこのような作りにしたのは酷だったのではないか。

 

本当に後の世代の人達にメッセージを残したいのであれば、ターゲットになる世代の人達が読みたくなるような作りにしなくては目的を効果的に達成することはできないだろう。

 

同世代近辺の読者を想定し、その読者から共感を得られればよしとする企画ならそれまでのことだが。

 

 

大人の見識

阿川 弘之著

新潮新書 (新潮社)

ISBN 978-4-10-610237-0

2009年3月12日 (木)

ちくま日本文学001「内田百閒」

Uchida_hyakken 「ちくま日本文学」は、一人の作家につき1冊にまとめた意欲的な文庫版の日本文学全集だ。その栄えある第1巻が内田百閒である。高い評価は知りながら、その著書を手に取ったことがなかった作家たちを知るのにちょうど良い。

 

内田百閒の名前も昔から知っていたが、枯れた渋い随筆家であるようなイメージを勝手に抱いていて、著書を手に取ることはなかった。

 

気まぐれで本書を読み始めて驚いた。

 

その小説では、夜なのに空は明るく、人々の話す内容はよく聞き取れず、言いたいことを言おうとすれば声が出ず、知っているように思える人は思い出せず、どこからか水の音が聞こえてくる。事態は自分の望むようには展開せず、かつ、先が読めない。不条理さにおいては、絵画でいえばキリコ、マグリットを連想させ、ナンセンスさにおいては、筒井康隆の先輩格にあたるだろう。

 

多くは見た夢をヒントにしていると思われるが、ただ夢の内容を文章にしただけにはとどまらない意味がある。過剰な自意識とその反作用としての疎外感、大きな体制の中での人間の矮小さの感覚が描かれている。大正から昭和初期に書かれたとは思えない、平成の現代にもそのまま通じる感覚がしっかりと伝わってくる。

 

借金や借り物のエピソードが出てくる随筆などでは、現実の生活の苦労についての愚痴が顔を出してくる。しかし、あくまでもリアリズムではなく、とぼけたユーモアにくるんである。

 

『ノラや』が代表作の一つとされているようなので、できれば本書に収録してほしかった。

 

 

ちくま日本文学001「内田百閒」

ISBN: 9784480425010

2009年1月21日 (水)

ペイパブにご用心

敏感な人なら気が付いていると思うが、新聞・雑誌には記事体広告がよく掲載されている。記事体広告とは、記事のような体裁で作られている広告だ。英語ではpaid publicity有料の記事)といい、これを略して日本ではペイパブと呼ぶこともがある。

 

新聞の場合は、編集記事(記事体広告でない本物の記事)とは書体やレイアウトが違っており、どこかに枠で囲って「広告」と表示されているのでわかりやすい。しかし、雑誌の場合は、編集記事とまったく同じ書体・レイアウトであることも多く、「広告」という表示もないのが普通だ。見分ける方法は、誌面の隅っこに「制作:○○社広告部」という文字が入っていることだけだったりする。

 

雑誌の方が編集部と広告主の力関係が拮抗しているということなのだろう。編集長自ら広告営業の一端を担っていることも珍しくない。お得意様の広告主に配慮して、編集記事で好意的に取り上げることもある。

 

記事体広告は一概に否定すべきものでもないのだろうが、読者は、編集記事と間違えないように気をつけて読みたい。

2008年11月22日 (土)

『日経ビジネス』の広告特集はたぶん費用対効果が低い

Nb 週刊誌『日経ビジネス』にはときどき広告特集があり十数ページにもわたって、同じ業界の複数の企業の広告が掲載されていることがある。

 

広告を読むために雑誌を買う人はほとんどいない。記事を読んでいたら間に広告が挟まっていて、ついでに見る。そして、たまたま興味のある広告ならじっくりと読むかもしれない。そいういうものだろう。

 

広告ばかりが何ページも続いていたら、その部分はまとめて飛ばしてしまうという人は多いのではないか。興味を持って広告だけでも熟読する人が多いテーマの場合には広告特集もいいかもしれないが、一般的には記事中とか記事対向ページの広告の方が閲読率は高くなると考えるのが自然だろう。

 

広告営業担当者にとっては「競合の○○さんも出稿されますよ。」という殺し文句でまとめて受注できて楽かもしれないが、広告主にとっては費用対効果に疑問がつく。

2008年10月27日 (月)

「ダンシング・ヴァニティ」筒井康隆

Dv 筒井康隆を読むのは何年ぶりだろう。まあそんなことはどうでもいいのでおいといて。

 

本作の最大の特徴は、版元によって「反復文体」と名づけられた、同じ場面(正確には毎回少しずつ違う)を何度も繰り返す構造だ。

 

この繰り返しは何なのか? 作者が仕掛けた「からくり」であるのはわかるとして、その意図は。

 

読み進めながら頭に浮かんだのは次のような可能性だ。

 

老人の繰言――作者ももう70代なので自分の老齢を笑うためにわざと老人の繰言を小説の構造に取り入れてみた。

 

ジャズの即興の模倣――ジャズのソロではコード進行が同じでも演奏するたびに違うメロディを奏でる。それを小説でやってみた。

 

リズム――繰り返すことによってある種のリズムのような効果を狙った。タイトルが「ダンシング…」というくらいだからダンス音楽の構造に倣った。

 

多次元宇宙――毎回少しずつ違うので、昔のSFによくあった多次元宇宙を描いているのでは。

 

夢――夢には堂々巡りをして決着のつかないものが多い。本作は夢をテーマにしているので、堂々巡りも夢と同じ構造にした。

 

コンピュータゲーム――これは最後の方で作者が自分でネタばらしをしている。

 

たぶんこのうちのいくつかは当たっているのではないか。

 

精神分析学、ドタバタ、登場人物のキャラクターが戯画的に明確であることなど、いつもの筒井康隆は健在である。

 

時々出てくる白い顔のフクロウのモチーフは映像をはっきり喚起する力を持っており、小説の中で次々に起きる出来事に非現実的なイメージを付け加えているとともに、繰り返しでダレそうになるところで区切りをつける句読点のような効果を生んでいる。

 

作中に出てくるフクロウが歌った「ダンシング・アウル」という歌(といっても歌詞だけだが)が、独特のリズム感を持っている。これも後半にたびたび登場し、場面に華やかさを付け加える効果を出している。

 

キトクロ キトクロ キノクトロ

キクラト キクラト キノクラト

キノ キノ キトロ キノキトロ

カラトロ カラトロ キノカトロ

カクラト カクラト キノカラト

カロ カロ カトロ カロカトロ

 

ぜひ実演を視聴してみたいと思い、だれかがYouTubeにでもアップしていないかと探してみたが、なかった。

2008年5月 6日 (火)

「変な学術研究1・2」エドゥアール・ロネ

原書では「変な学術研究」が1巻で、2巻は「まぬけな死体」という。1巻は分野を問わず変な研究を集めており、2巻はさまざまな死因に関する研究を集めたものである。

学者たちの研究成果の一端を紹介してみよう。
 

514fh6ztll_sl500_aa240_・ハトはモネとピカソの作品を見分けることができる

・バタートーストが床に落ちるときには、実際にバターを塗った面が下になる確率が高い

・まったく無作為に選んだ株式投資の結果が、専門の金融トレーダーと同等だった

・ドイツのユーロ紙幣の90%はコカインに汚染されている

・恋愛と強迫性障害とでは脳内に起きている現象は同じである

・サッカー・ワールドカップでフランスが優勝した日はフランスの心筋梗塞の死亡率が特別に低かった

・左利きは平均寿命が9年短い

(以上1巻)
 

51nkxqgxabl_sl500_aa240_ ・犬に撃ち殺された人がいる

・チェーンソーによる自殺はほとんどない

・飛行機事故の2~3%は自殺である

・14発も自分の身体にカービン銃で発砲してから息絶えた自殺者がある

・65歳以上になると自殺の成功率がはっきりと高くなる

・頭に釘を打ち込んでもほとんど自殺できない

・硬貨を700枚以上も飲み込んだ男がいる

・上空に向けて発砲した銃弾が落ちてきて死亡する確率の方が、普通に水平に発射された場合よりも高い(落ちてきた弾が頭に当たる確率が高いため)

(以上2巻)
 

ここでは結論だけを箇条書きで紹介したのであっさりしているが、大真面目でやった研究を揶揄するような取り上げ方をしたり、人の死に方に関してシニカルなコメントをつけたりと、フランス式ユーモアが全開でかなり冗談のきつい本だ。翻訳書で、かつ(失礼ながら)マイナーなハヤカワ文庫でなければ日本では出版できなかったのではないか。

あまり類書のない希少な本なので、学問とユーモアが好きな方は読んでみてはいかがだろうか。

2008年4月29日 (火)

「最悪の危機からの脱出-サバイバル・ハンドブック」シリーズ J.ペイヴィン、D.ボーゲニクト

1999年頃アメリカで最初の一冊が出版されてベストセラーになり、続編が次々と出た。現在、アメリカのamazon.comではシリーズと関連商品が30点以上も検索に出 てくる。 

旅行編と仕事編を持っているが、次のような非常に役に立つ知識が満載である。 
 

Survival_travel_2旅行編では、

・乗っているラクダが暴走したとき

・乗っている列車が暴走したとき

UFOに誘拐されたとき

・屋根から屋根に飛び移る方法

・ピラニアがうようよしている川を渡る方法

など。
 

Survival_work 仕事編では、

・資格がないのに就職する方法: 高級レストラン、CEO、フォークリフト運転士、脳神経外科医、靴販売員

・会議から気づかれずに抜け出す方法

・自席で居眠りをする方法

・秘書がいるふりをする方法

・指に刺してしまったホチキスの針を抜く方法

・自動販売機の中で引っかかった商品を取り出す方法

・冷凍倉庫に閉じ込められたとき

など。
 

このシリーズがベストセラーになっていることからすると、こうした困難な状況に追い込まれたときに備えてあらかじめ対処法を学んでおこうとする人は多いようだ。 

ちなみに、私はトイレに置いて愛読している。 

なお、原題は「The WORST-CASE SCENARIO」であり、邦訳は「この方法で生きのびろ!」シリーズになっている。